『ラビ』
『ラビ』
まだオレの傍にいた頃の彼女を想うと、オレの心は苦しくなったり、ちょっと泣きそうになったり(我ながら情けないさ)、まるで割れたガラスに触れた様に痛んで、やっぱり涙が出た。
でも流れ続ける川の水が、河原の石をまるく磨いでいくように、時間は記憶を風化させていく。彼女をなくした痛みとか、哀しいという気持ちも鋭さを少しずつなくして、それはそれで少し辛くて淋しくもあったけど多分、自分にとっては良いことなんだろう。
だってオレは生きているから、生きていかなければならないから。
「さよならさ、名前」
雪に埋もれた彼女の墓の前、白い息を吐きながら、オレは彼女に最後の言葉を掛けた。墓標の上の雪を少し払うと、調度大好きだった彼女の名前が現れた。
オレはそれが嬉しくて、ちょっとだけ笑った。だって名前はいつもオレの傍にいてくれたから。
でもそれも今日で終わり、
オレは名前を忘れるから
真っ白な雪に人差し指を突っ込んで、彼女の名前の隣にゆっくりと文字を綴る。書き慣れた文字、ここにいたオレの証、でもこの文字を綴るのもこれが最後だ。
こんな寒い季節、咲く花なんてないから
名前が好きでいてくれた49番目のオレを、最後に手向けて、
オレは行くよ。
さようなら
大好きでした
この世界で誰よりも何よりも
愛していました
さよなら
さよなら
きみに出会えて幸せでした
「ありがとな、名前」
一言呟く様にして、オレは歩き出す。
真っ白な雪が痛い位に眩しくて、やっぱりちょっと泣きそうになった。
きみを愛したことさえも
なかった様に生きていく
だからせめて、きみの隣で眠らせて
きみが愛してくれたオレを
(そして、ひとり生きていくから)
end
071011
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