『世の中の出来事は全て、あらかじめ行き先が定められている』
さっき読んだ運命論とかいう類いの書物にそう書いてあった。じゃあ今、オレがここでこうしているという事も、定められた運命なんだろうか。取り敢えず納得は出来ない。大体その、行く末を決めるものってのはなんなんだ。自然の摂理?それともそれを人間が『かみさま』と呼ぶものなんだろうか。
運命なんて知りたくもないけど、
今オレは、オレの意思で自分の在るべき処にいる筈だ
Even if
Heaven's capricious
it …
でも、これってもう運命なんじゃないか
新しい入団者として紹介されたその子を前に、オレは思わずそう思った。
オレの記憶の中より少し大人びた彼女、彼女といたのは何番目の名前だっただろう
自分のずっとずっと奥、
閉じた扉の向こう、
想いが溢れる
「ラビっす、ヨロシク」
震えそうになる声を取り繕って発したオレの言葉に、というよりはオレ自身の存在に目の前の彼女は大きく目を見開いた。
そりゃそうだろう、オレは彼女の人生から一度消えた存在なんだ。
『さよなら』 それだけを残して。
この言葉を、オレは何度も繰り返してきた。今のオレは49番目の名前で、だから確実に48回は『さよなら』をしてきた。48の自分に、色んな奴に。
そして目の前の彼女にも
それは運命なんかじゃなくて
自分の決めた道。だから後悔は、ない
それでも忘れられない事、忘れたくない事はあって。それをオレは自分のずっとずっと奥に閉じ込めてきた、彼女と過ごした特別な時間を。
彼女の隣は、『何処にも心を移さずに』そう生きてきたオレが、そう生きれなかった唯一の場所だった。オレは立ち止まる事は出来ない、でもオレは棄てる事が出来る程強くもないから、それを決して開かない扉の中に閉じ込めて、そうして生きてきた。
オレが彼女への想いを閉じ込めたように、彼女もまたオレとの時を閉じ込めていただろうか。それとも、もう棄ててしまった?
握手の為に差し出したオレの手、でも本当は彼女の気持ちを知りたくて伸ばしたオレの手を、彼女は戸惑いの目で見ていた。手を取る事を躊躇するのは、予期しているからだろうか。
オレが49番目の名前を捨てて、『さよなら』を云う日を
「初めまして、ラビ」
オレの手に応じず、彼女は形の良い唇を開いた。はじめまして、そう言われた事にオレは少し戸惑った。
「…初めまして、じゃないさ?」
「初めてでしょ」
―"ラビ"とは
そう言ってオレを一瞬睨んだ彼女の瞳は透明な膜に覆われていた。その膜はみるみるうちに膨らんで、彼女が長い睫毛を伏せたと同時に、まるい雫となって零れてしまった。その小さな雫に彼女の想いが凝縮されている気がして、痛いくらいにオレの中に沁み込んでいく。苦しくて、でも嬉しくて、オレは彼女に手を伸ばした。触れたい、そう思った。彼女に、彼女の想いに触れたかった。雫の伝う頬にそっと指を走らせたその刹那、どんっ、と僅かな衝撃を受けた。
俯いた彼女から洩れる吐息が濡れている。
彼女は小さな結晶のような涙をぽろぽろと落としながら、固く握った手でオレの胸を叩いた。
何度も何度も、
痛くはない、でも胸の中までその音が響いて、胸が潰されるように震えた。彼女の気が済むまでそうされても構わないと思ったけれど、オレはその腕を捕まえた。 だって決して開かない扉を開いたその腕、
一度離してしまった手、
また繋げるなら、それこそ運命だろう?
それが かみさまの気紛れだとしても
オレはオレの意思で、
彼女の手を掴むんだ
071101
fin'
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