窓の外には昨日から降り続いた雪が景色を白く塗り変えていた。雪は教団から見える黒い森を白く染めて、オレが見る景色を世界をそして彼女を少しだけ変える。
こんなふうに雪が降った日、彼女は決まって部屋に閉じ籠りがちになって、余り他人と交わらなくなる。それを知ったのはオレが教団に来てから初めて冬を迎えた頃で、彼女の恋人がこんな雪の日に死んだのを知ったのは、その次の年の冬だった。








please, tender snow







だからこんな日、オレは彼女の処へ行く事にしている。彼女は独りで居たいのかもしれないけれど、オレはそれが嫌だった。雪は彼女を変えてしまうから、彼女の哀しみを凍らせるから



コンコン、と彼女の部屋のドアをノックすると、はい、と声がしてドアが開かれた。

「ラビ、どうしたの?」
「ジェリーがトリュフ作ってくれたんさ」
「わぁ、でもなんでトリュフなんだろ」
「バレンタインの練習じゃね?」

じゃあラビは練習台なんだ?と笑って彼女は、どうぞ、と部屋に招き入れてくれた。


小さなテーブルに置いたトリュフは直ぐになくなって、彼女の煎れてくれた紅茶の薫りと他愛のない会話で創られた暖かな空気がオレ達を包んでいた。




「晴れてきたね」

そう言うと、彼女は席を立って窓辺へ近付いた。窓の外は冬の雲間から刺す弱い光を受けた雪が、その白さを眩い程強めていた。彼女はそれに目を細めて、それでもじっと窓の外の白を見詰めていた。その横顔にオレは辛くなって目を逸らしてしまいそうになる。彼女がこの雪に重ねて誰を想っているのかが解るから。






「雪、嫌い?」

「そんな事ないよ、」

緩く、でも弱々しく笑って否定した彼女に、自分で訊いておきながら馬鹿な事を口にしてしまったと思った。彼女の傷を抉るような事を訊いて、自分に傷をつけるような事をして。やっぱりまだ彼女は死んだ恋人を想っている、それが容易く解って、オレの胸は当然のように苦しさを増していく。それを紛らわす様に冷めかけた紅茶に口をつけた時、カタン、と小さな音をたてて彼女が窓を少し開けた。冷たく澄んだ空気が部屋に流れ込んで、息苦しさを感じていたオレには心地良く感じた。




「ねぇラビ、21gってどれくらいかな」

窓辺に積もった雪を手で鋤くって、彼女は唐突にオレに訊いた。

「21g?」
「うん、21g」

彼女の言葉の意図が解らなくて、オレは聞き返した。そんなオレに彼女は掌に乗せた雪を見せながら口を開いた。

「魂の重さ、なんだって」
「21gが?」

そう、小さく頷いて、彼女はもう一度雪を見詰めた。魂の重さを測る事が可能で、そして本当に21gなのかは解らない。けれど切な気に掌に視線を落とした彼女にオレは言葉を失くした。彼女の手の中で白い雪が透明な雫に変わっていく。そしてその手から零れた雫は、日の光を受けて一滴、ニ滴、と輝きながら落ちていった。小さく瞬くように落ちるその雪の雫は、涙の形と似ていた。彼女は恋人が死んだ雪の日に、どんなふうに涙を流したのだろう。儚く溶けてしまう雪の様に、消えてしまった21gと今彼女から落ちる雫に、オレはそんな事を思った。そしてその雫は彼女が泣いているとオレに錯覚すらさせて、オレは思わず彼女の名前を呼んだ。

オレに視線を移した彼女は勿論泣いてはいなかった。代わりに不思議そうに微かに首を傾けた。

「手、冷たくなるさ」

まさか、泣いてると思って なんて言えなくて、オレは当たり前の言葉を吐いてしまった。こんな時どんな言葉を掛けてあげれたら彼女はちゃんと笑えるのだろう、ちゃんと泣けるのだろう

「もう冷たいよ」
「冷たっ!」

そんな事を思っていたら、ふいに冷たいものが頬に触れて、オレは驚いて声を上げた。悪戯っぽい笑顔を浮かべた彼女の冷えた手がオレの頬に触れていた。くすくすと笑う彼女にオレの胸の痛みは少しずつ少しずつ和らいでいく。


「ホント冷た過ぎさ、」

言いながら降ろしかけた彼女の手を取って、オレは自分の手で包んだ。そのまま彼女にされた様に自分の頬にあてる。

「ラビ?」
「ん?」
「冷たくないの?」
「冷たいさ、だから暖めてやるさ」

彼女の恋人が死んだ雪の日のように
彼女に降る哀しみが、彼女を冷たく濡らして仕舞わない様に、オレは彼女の手を離さなかった。

「ラビはあったかいね」
「寒い時は何時でも呼んで、オレがあっためてやるさ」
「ラビが言うとなんか違う意味に聞こえる」
「酷いさ!オレ純粋な気持なのに」

大袈裟に傷付いた振りをしたオレに彼女は吹き出して、それからぽつりと呟いた。

「知ってる」
「―え」

多分オレはもの凄く間抜けな顔をしていたのかもしれない。彼女はもう一度、知ってる、と言って視線を落とした。辛そうに口を結んだ彼女に、オレはあてていた彼女の手を下ろしてぎゅっと握った。




「オレじゃ ダメ?」

オレの言葉に彼女は目を伏せたままゆるゆると首を振って顔を上げた。

「…でも、私…、」

彼女の言おうとしている事が解って、オレは先に口を開いた。

「オレ待つさ、だから予約ってことで」

笑ってそう言うと、彼女はごめんねと言いかけて、ありがとう、と微笑んだ。その顔がまだ少し痛みを帯びていたから、オレは明るく返事を返して、彼女の頭を撫でた。オレの手の動きに応えるようにゆっくりとオレの肩に額をつけた彼女を柔らかく腕に抱いて、オレもそっと目を閉じた。




彼女が失くした21gは、彼女にとってとてもとても重い21gだったんだろう。失くしてしまったそれを取り戻す事は出来ない。過去は変えられないけれど、今オレが彼女の傍にいる事で彼女の過去を変えられたらいい。
繰り返される季節の中で、彼女に降る雪が優しいものになるように。









fin.
080110










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