酔って身体も顔も思考までもふにゃふにゃのコイツをホテルに連れ込むのは容易かった。














シラフなら「ラブホなんてぜーったい嫌!!」と激怒し、その上変態だのすけべだの白髪天然パーマだのオレのガラスのハートをめためたにする癖に、ビール2杯で「おんぶ〜」「銀ちゃんの背中あったか〜い」と何の疑いもなくオレに全部を預けるコイツは、こっちの良心が痛む程無防備だった。

そんなオレの僅かばかりの良心に、必死に言い訳とかしながらオレは足を進めた。あのな、男ってのは皆変態でありすけべなの。オスは自分の子孫を残す為に、いかに多くの種をばらまくか、そんな事を遺伝子に組み込まれてんの。じゃなかったらアレだよ?世の中の生物絶滅してるっつーの。なあ蜉蝣って知ってっか、アイツら口がねぇーんだって。正確には、退化してんだと。なんでそうなったかと言うとだな、成虫になって数時間しか生きられねぇヤツラは、飯食う暇なんてねぇんだわ。んで必死こいて子孫を残そうとするんだよ。それに比べたらオレら幸せだよなあ、セックスしても死なねぇし。あ、誤解すんじゃねーぞ、セックスつーのはやっぱ愛がないとダメな訳。ひとりでやったってその辺の女とやったってぜーんぜん良くない。つまりお前じゃないと銀さんはダメな訳。解る?この男心。お前愛されてんなあ。嬉しいだろ。だからお前がオレを変態だのすけべだの白髪天然パーマだのめためたに拒んでも、オレはやっぱり、したいんです。


そんな長ったらしい言い訳に終止符を打った頃、漸くオレは足を止めた。なんかこーゆーとこ来んの久々だわ、思いながら適当なホテルに入る。背中の重みと温かみを感じながら、部屋の案内が写し出されているパネルの前に立った。所々ランプが点灯している部屋を避けながら、オレはざっと目を走らせた。ここは部屋も風呂もでかい、でも高ぇな。こっちはこじんまり、値段も…



「…んぅ〜」


(―!!)

背中から声が聞こえ、オレは焦ってその辺のボタンを押してしまった。そしてその選んでしまった部屋が1番高額な事に気付く。失敗したァァァァァア!!まじで失敗した。今日の飲み代で飛んだ金とか家の米が底を尽きそうだとかついでに今朝神楽が定春の飯もないと言ってたなとか、色々思い出す。思わず頭を抱えてしまいたくなる所を、もそりと背中で動くもののお陰で踏みとどまった。そして自棄になってエレベーターへ乗り込んだ。






「…ん」


部屋に着いて背中の彼女をベッドに降ろすと、未だぼんやりしている声が返ってきた。人の気も知らず暢気なコイツを見下ろして、オレは溜息を吐く。 ぐるりと辺りを見回せば、無駄に広い部屋、ゲームにカラオケ、スロットマシーン。今のオレにはどれも要らないもので、こんなのの為に財布の中の唯一の万札が持っていかれると思うとあの時の自分を呪った。ついでに定春のドックフードが今日特売日ですよと新八に言われたのにもかかわらず買わなかった事を思い出した。





「…あれ、ここ、何処?」


今度こそ頭を抱えたオレの耳にそんな声が届いて、オレは顔だけくるりと回す。まだふにゃふにゃした顔のソイツに、オレは一言「ラブホ」言った。


それを聞くが否やベッドの上の彼女はがばりと身体を起こした。酔ってたのにその身のこなし凄いねーお前。そしてわなわなと怒りに震えるコイツから放たれる声は聞かなくても解った。なんでホテルなんかに!だ。


「なんでホテルなんかにいるのよ!」

当たり。すっかり酔いが冷めたらしい彼女は真っ赤な顔してオレを怒鳴りつける。オレはそれに平然と応えた。


「お前が寝てたからだろ、ベロベロに酔っ払ったお前を銀さんがここまでおぶってきてやったの。放置されなかっただけありがたく思いなさい。」

「何がありがたくよ!酔った女をホテルに連れ込むなんて最低!」

「あーそうですか。どうせオレは最低ですよ。天然パーマで死んだ魚の目ですよ」

「そこまで言ってない!ってなんで乗っかってくんのよ!」

「なんでって折角来たんだからすることしようと」

「しない!」

「ったく我が儘なお嬢さんだな〜。仕方ねぇな。じゃあオレが下でも「イヤー!」」

必死の抵抗を続けるコイツにオレは脱がせにかかった手を止めて溜息まじりに聞いた。


「なんでそんなに嫌なの?」

「ラブホテルでなんて絶対イヤ!」

「んな事言ってお前、うちじゃ神楽いるからイヤだとか自分ちだって壁薄いからイヤだとか言うじゃないですか。だったら銀さんどーすりゃいいの、」


そうだどうすればいいんだ。未だコイツとはキス止まりで、その先に進めていないのは事実で。



「オレら付き合ってどんくらいよ?」

聞けは彼女は、う、と言葉を詰まらせた。それはつまり、コイツ自身とっくに先に進んでてもおかしくはないくらい、オレらは一緒にいると解ってるって事で。オレは言い返せないでいる彼女に内心ほくそ笑みながら手を伸ばした。



「っでも!そーゆーのって時間とか関係ないでしょ」


胸に乗ったオレの手を、慌てて掴みながら彼女は反論してきた。そりゃごもっとも。けどオレだって引くに引けない、何せここ当分の生活費を注ぎ込んだ訳だし、家には米もない。いやいやいや、金の事はもうこの際どうでもいい。どうでも良くなった、ただ、常にオレの中にあってそして今全身にぐるぐる渦巻くものを吐き出さずにいられなくなった。彼女に跨がったまま身体を起こして、真っ直ぐに赤い顔を見下ろす。小さく息を飲んだ彼女と目が合って、そうして口を開いた。




「じゃあお前はどうしたらその気になってくれんの」



「え…?」


オレから出た低い声、見上げていた赤い顔は瞬時に戸惑いの色に染まった。開きかけた口唇で不安気にオレを見返す。その怯えているような、彼女の顔にオレは思った。そんなの、そんなのオレも同じだ。格好つかねぇけど、情けねぇけど、オレだって不安なんだよ。お前に難癖つけられて拒まれる度に、思っちまう、





「お前、オレとはイヤなの?」


その思いをオレはとうとう吐き出した。オレはコイツに惚れてるし、オレもコイツに同じく想われてると思っている。自覚している。けど、オレとの行為を拒む彼女に、オレ自身が拒否られているような、そんな風に感じちまう。それはオレがコイツにどうしようもなく惚れているからなのか。

戸惑いに揺れる瞳がオレを見返す、言葉を返してこないのは図星なのかなんなのか、とにかくオレはそれが耐えられなくなって無意識に身体を逸らしそうになった時、腕をきゅと掴まれた。



「違うよ!」

「そんなんじゃ、ないの」


「私は、銀ちゃんの事、好きだよ」


あんまり必死な顔で彼女がそんな事を言うもんだから、オレはぐるぐる渦巻いていたもので張り詰めた身体が針でも刺されたように一気にふにゃふにゃになった。そのままくたりと彼女に倒れ込んだオレに「ちょっ!銀ちゃん!」非難の声が上がる。なんか、調度いい具合に彼女の胸に顔を埋めてしまったオレに、焦ったように身じろぐ彼女に笑みが洩れた。





「なんもしねぇよ」


なんもしねぇから、ちょっとこうさせて。
ちょっと小さめだが柔らかな胸に頬をあててそう言うと、彼女は渋々ながら静かになった。けど布越しに聞こえる鼓動は小動物のそれみたいに早くてそして温かくて、オレは益々笑みを深くした。何焦ってたんだか、そんな自嘲めいた笑みと、彼女がくれたものに緩み切ったオレの顔は、暫く彼女の胸から離せそうもない。バレたらまたお前に変態だのすけべだの白髪天然パーマだのめためたに言われるんだろーな。でもそしたら、彼女に教えてやろう、男は皆変態でありすけべなの、そして蜉蝣の話も。
オレらは蜉蝣じゃねーから、ゆっくり愛し合おうってな。








end
090725















おまけ


「銀ちゃん、」

「んー?」

「なんか、この部屋おっきいねぇ」

天井から辺りを見回したのか頭の上からそんな声が聞こえてきた。

「お前がこーゆーとこ嫌がるのは解ってたんだけどよ。けどオレだってせめてと思って1番高ぇー部屋選んだんだよ」

しおらしく言ってやれば、オレの下になってた彼女は口を閉ざした。実際は事故みたいなもんだったけど、間違ってボタンを押した事なんかわざわざコイツに教えてやらなくてもいだろう。よっこらせ、と身体を起こすと彼女も身体を起こして部屋を見回した。そんな彼女にもう一度聞いてみる。

「女の子には色々あるんです」

「は?…ああ、今日はあれか月イチの、」

「違う けど」

「じゃあなんだよ」

「今日はかわいい下着じゃないし、ペディキュア剥がれかかってるし、肌もなんかカサカサしてるしだからイヤなの」

「…、」

「あ、今溜息吐いた!馬鹿にしたでしょ」

「馬鹿にして…っていうか、んな小せえ事気にすんなよ。お前は充分かわい「悪かったわね!どうせ私胸ちいさいですよ!」

「は?むね?」

「気にしてるのに…銀ちゃんなんか嫌い!」

「ちょっ、泣くなよ、泣くなっての!」

「近寄んないでよ!すけべ!へんたい!」


「―!よ、よし!あのな、男ってのは皆すけべなの、変態なの」





The end.









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