1104










蒼い空に鮮やかに色付いた葉が映える、そんな季節。そろそろこうして外で読書するにも寒くなってきた。目を悪くするよ、と彼女に咎められても、オレは自分の気に入った場所での読書をやめられない。太陽がくれる眩しい光は、白い紙上に反射して目を刺す。確かに彼女が言う様に目に悪そうだ。けどオレは外で流れる空気や匂いの中、本を読むのが好きだし、何よりオレが長々と此処にいる理由は他にもある。それを女々しいとでも言う様に、冬の匂いを纏った風がカラフルに色付いた木々を、オレを吹き付けた。

それに首元のマフラーを引き上げて、オレはゆるりと顔を上げた。視線を更に上げれば、彼女が居るだろう研究室の窓が見える。きっと今も沢山の紙に睡眠不足の身体で囲まれてるんだろう。ここ数日彼女はあそこに篭りきりだ。ホームという同じ場所にいるのだから逢いたいと言えば直ぐに逢える。そんな距離にいるけれど、逢えない。だから余計に苦しくて淋しい。

我ながら本当に女々しいと思う。彼女は自分の仕事に誇りを持っている。そんな彼女に、格好つけて、彼女を彼女の仕事を理解してやろうとするけれど、結局我慢がきかなくなったオレは此処に来る事になる。仕事熱心な彼女は仕事中にちょっと息抜きしようと誘っても来ないから、けれどオレを叱りには来てくれる。目を悪くするよ、は何時だっただろう。春にはあの暖かな陽光でうたた寝するオレに「風邪をひくよ」とやんわりと笑って、夏は「熱射病になるでしょ!」と怒って。オレはいつだってそうやって彼女に叱られたくて見付けて欲しくて、子供染みた事を繰り返す。いっそ迷子の子供みたいに泣いて名前を呼んで、傍にいて欲しいと言えたらどんなにラクだろう。そんな余りにもガキっぽい思考に、オレは溜息を一つ落として本に目を戻した。



冷えた指でページをめくる、その指のぎこちなさを感じた頃、落ちた葉を踏む音がした。

「うぅ〜寒い!」


降ってきた声に顔を上げる。そこには白衣姿で身体を縮める様にした彼女がいた。




「またこんなトコで本なんか読んで、風邪ひくよ」

「寒いだけじゃ風邪ひかないさ」

「まあ、そうだけど…」


そう不満げに漏らした彼女は傍らに座って空を仰いだ。大きく息を吸い込んで目を閉じる。そしてゆったりと息を吐く、冬の匂いがするね、そんな言葉と一緒に。



「やだなあ、寒いのキライだし」

「夏の時は暑いのキライだって言ってたさ」

「私は寒いのも暑いのもキライなの」
環境に対する許容範囲が狭いんだから


どこか威張って、それでいて子供みたいに言う彼女に思わず笑みを零す。そんなオレに彼女はじろりと元々丸い眼を細めた。




「オレは寒いのキライじゃないさ」


寒い寒い冬。けれど今のオレはそれを待っている。早く冬になればいい。カラフルな葉が落ちて、白が一面を覆いつくす世界になればいい。そんな事を思いながら、白い白衣に包まれた身体を抱き寄せた。




「…今日は随分と甘えたさんだね、ラビ」

寒いって言ったのはお前さ」


抱き寄せた身体を、寒さの、彼女の、所為にする。逢いたくて逢えなくて、苦しかった淋しかった。彼女の身体を捕えた両腕がそう叫ぶ。淋しさを埋める様に、オレは彼女を抱き竦めた。





「ラビ、苦しい」

「…、」


「…ラビ?」

「……うん」


解ってる、けど、一向に腕の力を弱めないオレに、訝しげな声がした。それでも離さないオレに、諦めたのか彼女はそれ以上声を上げなかった。触れ合う処は段々と熱を持って、オレは暖かくなっていく身体と裏腹に、早く冬がくればいいと思った。もっともっと寒くなればいいのに、そしたらこんな風に、寒がりな彼女をずっと抱いていられるのに、オレも淋しくならないのに






「ラビ、」


自分の名前を呼ぶ声は、ふわりと舞い落ちる羽雪みたいに柔らかで、オレは思わず腕の力を緩めた。澄んだ笑みを浮かべた彼女がオレを見上げてくる。彼女の手が頬に触れて、じんわりと彼女のあたたかさを、そして自分がどれだけ寒さに晒されていたのかを実感した。





「雪が降ったら、一緒に見に行こうね」

だから、なのかもしれない。彼女がこんな約束をくれたのは。両頬にあてられた彼女の手、そして約束の証みたいに小さくキスされる。冷え切ったオレに彼女の言葉も手もキスもあたたかくて、胸が痛いくらいで。ああ、ホント、ガキっぽいなオレ。内心自分に毒づく。彼女にはきっとバレバレなんだろう。オレが寒いのはキライじゃないと言った理由も、オレの内の子供みたいな自分でも女々しいとイヤになる感情も、





「…寒いのキライなんじゃねぇの?」


けれど素直に吐き出す事も出来ない格好つけのオレは、彼女にそう応じるのが精一杯だった。




「キライだよ」


「暑いのもだろ?」


「うん、言ったじゃない環境に対する許容範囲が狭いって」


でも、と彼女が笑う。陽だまりみたいな柔らかであたたかな顔で。




「でも、ラビがいるなら許せる、かな?」



「かな?って…そこは言い切って欲しいとこさ」


そんな風に零しながらでも、微笑う彼女に手を伸ばす。もう抗えない、抗わない。逢いたくて逢えなくて、苦しかった淋しかった。背に回った彼女の腕だってそうオレに教えてくれる。


早く冬が来ればいいと思った。白い世界はオレの内のオレがキライな処を隠してくれる。身を切るような寒さを理由にして、それを引き替えにして、彼女を抱き寄せられるから、


でももう理由なんか要らない








ふたりになるためのひとり
(ああ、だからいとしい)
title by クロエ
fin.
101104









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