0720









「疲れた、眠い、眠りたい」

「出てけ」


ノックされたドアを開けるなり、そんな事をほざいて俺のベッドになだれ込んできた女は、俺の言葉を無視して毛布にくるまった。あのモヤシと一緒だった任務明けで、気が立っていた処にやって来た彼女。早々に寝てしまおうと思っていた矢先に、広くはないベッドのその真ん中を陣取られ俺のイライラは加速する。





「疲れてんならテメェの部屋で寝ろ」

「無理です、もう歩けません」


ベッドの上のこんもりとしたものからそう返ってきて、俺は引きずり落とすべく毛布に手をかけた。抵抗なくそして呆気なく剥がれた毛布に眉を寄せる。見下ろしたその先の彼女は、横向きで膝を抱える様に縮まっていた。その脚がゆっくりと滑らかに伸びる。真白いシーツに黒髪を散らし仰向けになった彼女は、降ろしていた瞼をゆるりと上げて俺を見上げた。その口唇が柔らかな曲線を模る。





「こわい顔」


そう言いながらも彼女は、全く怯える様子もなく、黒い瞳を三日月のようにして笑みを浮かべた。イライラしている俺を遠くから眺めているような、当事者じゃないから笑ってられる、そんな顔だった。俺をイラつかせているのは他でもない、コイツの筈なのに。そんな彼女を見ていたら、苛立っているのも馬鹿らしくなる。舌打ちの代わりに溜息を一つ吐いて、俺はベッドにどかりと腰を落とした。







「一緒に寝る?」


そんな声がして、視線を横にやる。彼女は笑みを模る口唇もそのままに俺を見ていた。





「…襲われてェのか」


「襲いたいの間違いでしょ」


目を細めて俺を見詰め返した彼女に、知らず口の端が上がった。




「疲れてんじゃねェのかよ」

「うんそうだね、けどユウの方が色々と疲れてそうだから」


ユウがそうしたいならいいよ、
そう付け加えた彼女に、望み通り酷くしてやっても良かったが、それこそコイツの思い通りになる様で癪に触る。だから俺は無造作に毛布を彼女に投げ付けた。臆面もなく寄越された言葉にそうせざるを得なかった。
俺はコイツのこういう処が嫌いだ。俺を全て、受け入れようとする処が。すっぽりと再び頭から足先まで身体を被った毛布から、くすくすと上がる小さな笑い声が耳に五月蝿い。思わず、今度こそ舌打ちが漏れた。




「寝るんなら早く寝ろ」


「ユウは?」


俺の精一杯の悪態に、尤もな返事が返される。それに返事をしかねていると、背中のシャツが引っ張られた。





「何だよ」


「一緒に寝ようよ」


「…」


「素直じゃないなあ」


「あ?」


「そういうトコも嫌いじゃないけど」


「…そうかよ」



俺はお前のそういう処が嫌いだ。言おうとして止めた。俺を素直じゃない、そう評したコイツがまた笑い声を上げる事になる。彼女のシャツを引く力はそのままで、身体を捻れば容易く解けてしまうのだろう。この力の具合が、俺には質(たち)が悪い。強いと感じれば反発出来る、泣いて縋られれば切り捨てられるのに、どちらでもないそれに、俺は今まで他の奴らにしてきた様に冷たく突き放す事が出来ない。こんな風に、俺に決定権を委ねるコイツは、俺ですら知らない俺のなかのラインを知っているのだ。断ち切るには余りにも弱く、そして繋ぐのは躊躇われる、それを。何かに躊躇する等、らしくない。だがそれが俺のコイツに対する最後の壁である事には間違いない。俺とコイツを隔てる壁。そしてそれは、コイツを、







「ユウ」



不意に名を呼ばれ、俺は目だけ声の主を見遣った。彼女は毛布から顔だけだして、俺を見上げていた。




「ユウは私より先に死んでね」



その言葉に思わず首を回した。彼女はそんな俺の顔を見て、「あ、間違った」 と悪びれる訳もなく言った。目を見開いたまま言葉も紡げない俺に、彼女は眉を下げる様にして微笑った。





「私より先に死んでいいよ、だった」



「……俺は、」


簡単には死なねェ
顔を背けて、何とか呟いた。息を大きく吐くとその呼気は微かに震えていた気がした。すっ、と背中の引っ張りが感じられなくなり、彼女が掴んでいたシャツを離したのだと知る。けれどそこに不意に感じた体温に、俺は身体を動かしそうになった。皺にでもなっているのか、それとも、俺の思わず震えた吐息に目敏いコイツが気付いたのか、宥める様に背中を撫でられる。背中を行き来する手に、俺は息が詰まりそうになった。





「うん、でもいつかは死ぬでしょう」


「私も、ユウも。だから、」


ね、と、当てられた手は生温い体温を残して離れた。とんだ殺し文句だ。俺はひび割れる壁に口唇を噛み締めるしかない。彼女はそうやって俺の壁を叩く。俺が壁を築いて、遠ざける一方で護ろうとするその中味である張本人は、阿呆な事に内側から壁を壊そうとしやがる。だから嫌いなのだ、コイツが。俺を受け入れようとするコイツが、自分よりも、俺をと、そんな事に、俺に直向きになるコイツが、俺は大嫌いだ。壁を失ったら隔たりも、護る事も出来なくなる。そうだろう、俺はコイツと一定の距離を置く事で護ってきたつもりだった。距離が近くなればなるだけ、俺がコイツを傷付ける可能性が増すのだ。散々他人を傷付けてきた俺はだが、コイツは、コイツだけはそんな存在にしたくなかった。なかったんだ。

だけどコイツはそんな俺の壁を壊しやがった。








「覚悟は出来てんだろうな?」




華奢な身体を隠していた毛布を剥ぎ取って言う。コイツは俺が1番傷つける可能性を持った人間になる。その覚悟はあるのか、







「勿論、」


見下ろした彼女はそう笑った。彼女の腕が自分の首に回る前に、笑みを模るその赤い口唇へ噛み付く様に口付けた。








さらば、不可侵の青よ

end.
100720
title by 不在証明






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