0629









オレの317回目の告白に、彼女は316回目と同じ返事をした。コムイのとこから拝借してきた豆で淹れたコーヒーに、なんだか面白くない味ね、なんて言ってカップを置いた様に、さらりと、だけどはっきり、要らない、と。

317回の玉砕。オレは彼女曰く面白くない味のコーヒーをこくりと飲んで、彼女を眺める。彼女はオレがおススメさ、と持ってきたハードカバーの本を開いた。長い睫毛が縁取るその瞳に、オレを見ないそれに、いい加減、オレと付き合ってみませんか、思う。317回だ。いい加減、そう思っちゃっても仕方ないと思いません?
押してダメなら引いてみろって言葉がありますが、あー、ムリムリ、きっと彼女はそんなものには引っかからない。本人曰く、去る者は追わず、な主義だそうだから、かといって来るもの拒まずでもない彼女に対して、オレの彼女対策は、押してダメなら、押し通す。

けどこの対策は間違っていたのか、未だ成果は表れていない。


ぱらり、ページをめくる音だけが浮かぶ部屋で、オレは慣れた敗北感の中コーヒーを啜った。オレには普通に旨いと思えるコーヒーは、高級なブルーマウンテン。クセも無く飲み易い。苦み酸味の調和が取れていると万人受けするそれは、だから彼女にとっては面白みのない味、なんだろうけど。






「ねぇ、ラビ」


向えからした声にカップに口付けたままちらりと彼女を見遣る。彼女は本に視線を落したまま、口を開いた。




「…なんていうか、もう自棄になってない?」

「はぁ?」

「断られるの解ってて私に好きって言ってくるのってそうとしか思えない」


そう言って本から顔を上げた彼女はオレを見詰めた。黒く光る瞳を見詰め返しながら、別に自棄になっているわけでも、意地になっているわけでもない、そう思った。




「断られるのなんて、解んねぇさ、」

「嘘、何回言ったと思ってんの?」

「今日ので317回」


即答してやれば、彼女は呆れたように息を吐いた。そして本を置き、放置されたままのコーヒーを手に取る。こくりとそれを一度飲んでから、彼女は口を開いた。




「解った、じゃあ1回寝ようか。それで終わり」

「―は?」

「良いでしょ?」


彼女のその爆弾にオレは唖然とした。そして被害状況を調べる様に内容を反芻させる、すると燻ぶるように怒りがオレの胸の辺りを焼いた。



「良いわけねぇだろ、何言ってんさ」


意図せずとも低い声で、彼女を睨んだ。けれど彼女はそれに怯むことなく、それどころか真っ直ぐに、受けて立とうじゃないの位の勢いでオレを見詰め返した。



「私と寝たいんじゃないの?」

「なんでそうなるんさ」

「解らないのは私の方よ。断っても断ってもラビは私の処に来るじゃない、最終目的はそこでしょ?」
―私、面倒な事は嫌いなの


成程彼女にとって、オレから告白される事は面倒事らしい。確かに317回も同じやり取りをしてきたんだからしょうがない(かなしいけど)。けどオレの彼女に告白し続ける理由はそんなんじゃない、




「違うさ」

「?」

「ただ、傍に居たいんさ。それだけ」



彼女は驚いたように目を見開いた。彼女のその呆けたような顔は、本当に久し振りに見た気がした。ああ、確かオレが初めて彼女に告白した時もそんな顔をしてたっけ。懐かしくそんな事を思っていると、目の前の彼女は小さく呟きながら、オレから視線を外した。




「何それ、そんなの、」


その後の言葉は、不自然に口を噤んだ彼女の所為でオレには解らなかった。ちょっとだけ、その頬が色付いた様に見えるのは気のせいだろうか。そんな彼女をじっと見詰めて先を促す。オレの視線を受けた彼女は、さっきの言葉の続きじゃなく、テーブルの上に置かれた本を指した。




「これ、恋愛小説でしょ」

「うん」

「読んだことあるよ、純愛のラブストーリー」



そう言って彼女は、本を手に取り、オレに差し出した。この本もコーヒーと同じ、お気に召さなかったらしい。要らない、そういう意味で返された本を受け取るべく手を伸ばす。




「こんなの本の中だけの話よ、」


その言葉にオレは本を受け取りかけてやめた。掌で押し返す。彼女は訝しげにオレを見返した。



「うん、解ってるさ。でも、」
―悪くないっしょ?



言いながら笑って本から手を離す。また自分のもとに戻ってきた本に、オレの言葉に、彼女は納得出来ない、みたいな表情を浮かべた。オレはそれにただ笑ってみせる。

純愛のラブストーリー。ひたむきに、ただ一人だけを想い続ける、そんな男と女の話が綴られた本。だけどそれは本の中だけの話じゃない、目の前を見てよ、それを体現している奴がいるじゃないか


彼女は突き返された本と笑みを浮かべるオレを見比べて、それから一つ息を吐いて立ち上がった。




「美味しいコーヒー淹れてくる」


そう言った彼女は、程なくしてオレの所へ戻って来た。どうぞ、と出されたコーヒーを、どうも、と受け取る一口頂く。




「―!苦っ!」

「マンデリンだもの」

「にしても苦過ぎさ!」

「濃く煎れたしね」


彼女が煎れてくれたコーヒーに不満の声を上げるオレに、彼女は平然と答えた。そのしれっとした態度にオレは溜息を吐きながら思う、「なんでそんな事するんさ…」。
口に出ていた言葉に、彼女はオレから目を逸らした。その何処へいったのか解らない視線を辿っていると、向えの彼女からぶっきらぼうな声が漏れた。




「ラビが私に甘過ぎるからよ」


その声に彼女を見遣れば、今度は確かにその頬はちょっとだけ色付いていた。それに318回目の告白は317回目とは違う結末が待っているんじゃないか、なんて思いながら、オレは彼女が煎れてくれた苦くて甘いコーヒーにもう一度口を付けた。








Truth is stranger than fiction

fin
100629






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