そろそろだ、思ってオレはベッドから立ち上がった。クローゼットを開けて、整然と並んだシャツやワンピースから、今日はシンブルな黒のワンピースを選んだ。ノースリーブだからカーディガンを、と思ったけどやめた。最近は暖かくなったし、彼女はどうせこの上に白衣を着る。隅に掛けられていた細めのワインレッドのベルトを取り出して、引出しを開けた。彼女が素肌に着ける小さな下着たちが行儀良く並んでいる。服もそうだけど、ここもシックな色合いのものが多い。そこからオレは白地に黒で草花の刺繍が施された下着を選んだ。それからシンブルな黒のロングキャミソールを取り出してクローゼットを閉める、パタン。



オレはそれらを抱えたまま、扉ひとつ隔てた向こう側の彼女を待つ。シャワーから上がってくる彼女に服の準備をしてやるなど、さながら執事みたいだ。思って苦笑した。執事はオレみたいにベッドに押し倒しながら服は脱がさない。くしゃくしゃになったままのシーツは後で直しておこう、そんな風にベッドを見ながら思っていると、シャワーの音が止んだ。声が掛かるのもあと数分後だ。



セックスの後、シャワーを浴びた彼女を送り出すのに、こうして執事のまね事をするようになってから大分経つ。最初はなんだったっけ。下着を持たずにシャワールームに入った彼女に持ってきてと頼まれたから、身体が辛そうな彼女にしつこかったかと反省して、だったか。とにかく今ではもう、抱けば彼女を整えて送り出すまでがオレの当然の習慣になった。



オレと彼女は時々今日みたいに一緒にベッドに入ったりするけれど、何もない仲だ。そう、何もない。あるのはオレと彼女の身体だけ。始まりは至って簡単で、オレも彼女も空腹だった。そこに食欲をそそられて、自分を充たしてくれそうな相手がいた、それだけ。セックスなんて身体と行為に及べる場所があればできる。幸い、教団員にはシャワー付きの個室が与えられているから、部屋に戻ればベッドもある。だからそれだけで良かった。良かったのだけれど、良くなくなってきた。嫌になってきた。今更になってオレは、セックスに必要なものの中に付加したい事が出てきた。彼女を抱くのに、身体とベッド以外のものが欲しい。例えば、理由とか。








「ラビ、」


バスルームの扉から、顔だけ出した彼女がオレを呼んだ。タオル一枚巻いただけの彼女はぽたぽたと髪から雫を落として、中に入ったオレを見上げる。その顔は姿は、突然の通り雨に遭って途方にくれた子供みたいで、仕事中の大人びた彼女とは対極な位置にある。幼気で腕の中で護ってあげなければいけない存在に思えて、だからそんな彼女はオレを余裕のあるちょっと大人な男にする。



抱えた服をカゴに置いて、フェイスタオルを手に取る。腕を広げて、「おいで」と促せば、どこか拙く見える足取りで、彼女はオレの腕の中に収まった。フェイスタオルで髪を丁寧に拭いて、鏡の前にあったクリップで纏め上げる。胸元で合わせられたタオルに指をひっかけて外す。足元に落ちたそれをそのままに、オレはカゴから下着を取った。紺のペディキュアが塗られた爪先がそこに通され、オレはするりと引き上げる。次は上。肩紐を通すと、彼女はオレの首に腕を回した。いつも思うけど、この時の彼女は抱っこを強請る甘えたな子供みたいだ。普段は絶対見せない姿にオレの胸には何かが溢れそうになる。自分よりも小さくて柔らかな身体、そして肌。彼女のそれに触れてしまうと、胸に溢れたものが喉から零れ落ちそうな気がして、オレは口唇を引き結びながら彼女の背の金具を止めた。それからロングキャミソールを手に取る。オレは粛々と作業を進めて、彼女はそれを受け入れる。



儀式みたいだ、不意に思った。布擦れの音だけしかない、静かで厳かな儀式。この儀式を経て彼女は、彼女にとっての戦場である自分の仕事場に戻る。甘えたな子供から仕事をバリバリする科学班員になる。このワンピースのファスナーを上げて、腰にベルトを巻けば、科学班員の彼女の出来上がり、そしてオレは余裕のある男から、いつものオレに戻るのだ。だから訊くなら今だと思った、彼女がまだ甘えてくれている内に。そんな狡い事を思うオレはもう余裕なんてないけれど。







「なんで、オレだったの?」


ワンピースに腕を通させて、背中のファスナーを引き上げながら訊いた。オレの肩に頭を預けていた彼女が、ゆっくりと顔を上げる。今更だと言われても、それを訊かなければ理由も捜せない。だから訊いた。





「なんで私だったの?」


ファスナーは背中の途中で止まってしまっているのに、彼女はもう普段の彼女の顔だった。だからオレはオレに成り下がって応えられずにいる。この問いの答は、オレと彼女には要らないものなのだ。いや要らないものだった。答、つまり理由。それを求めているオレは、オレと彼女が今までしてきた事を、空腹を充たすだけの行為を、別の意味を持ったものにしたいのだ、

彼女がそう思ってなくても、






「嫌になった?」

「違っ!」



「…違うの?」


反射的に出た言葉に、彼女は問いながらオレを真っ直ぐに見詰めた。違うけど、違わない。オレはもっともっと彼女と抱き合いたい。だけど抱き合うだけなのはもう嫌なんだ。

彼女の問いには答えずに、オレはワンピースのファスナーを引き上げた。纏め上げていた髪を解いて、そして彼女に答える。オレの望む答を、理由を






「オレと、付き合って」



真っ直ぐにオレを見ていた彼女は、ゆるりとオレの胸に顔を埋めた。柔らかい吐息が掛る。



「遅いよラビ」


柔らかな声音でそう返してくれた彼女に、オレは思わずごめんと言いそうになる。代わりにオレは、きれいに整った彼女を、初めて抱きしめた。ベッドの上じゃなく、行為の始まりでもないハグは、欠けていた何かを埋める様にオレの胸をいっぱいにした。胸だけじゃない、オレの全部が充たされた、そんな気がした。



暫く抱きしめ合っていると、腕の中の彼女が、クスリと笑った。何だろうと思ってそっと身体を離し彼女の顔を覗き込む。オレと目が合うと彼女は益々笑みを深くしながら口を開いた。






「抱き合うって言葉、意味によって呼び方色々あるでしょ、成程なって思って」


言われて呟いてみる。
fuck、sex、make love、


ああ、

「そうさね、」


彼女は気付いていたんだ、オレの気持ちに。だから「遅いよラビ」なのだ。一体何時から、それよりも、





「なんで気付いたの?」


オレはオレで見せないようにしていた筈だ。抱いて送り出す、そこに習慣性はあっても感情は含ませずに淡々とやってきた。職業柄そういうのは長けていると思っていた。
なのに彼女は、そんなオレを一蹴して、更には顔を赤くさせる事を言った。何回ラビと抱き合ったと思ってるの、抱き方だよ。
…そこですか、




「カラダは正直だって言うじゃない?」

「…それ男の台詞さ、」


空腹を充たすだけのsexは、とっくに別の意味を持ったものになっていたらしい。

そしてこれからも、オレ達は愛を作っていくんだ。










fin.
100519







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