「ホント、ごめんな」

言いながら、血の滲むそこに絆創膏を貼った。傷に沿って斜めに張り付けられたそれは、彼女のきれいな白い頬には酷く不釣合いだった。自分のしてしまった事を今更悔やんでも仕方ないけど、オレは彼女に傷を負わせてしまった事を悔やまずにいられなかった。



「そんな顔しないで、大丈夫だって」

今オレはどんな顔をしているんだろう。解らないけど、彼女は困ったようにオレを見て、そして笑って見せた。いつもと変わらないオレの好きな笑顔、けれどそこに貼り付いた(オレが付けたのだけど)邪魔者の所為でオレは彼女に応える事は出来なかった。

「マジ、ごめん」
「いいの、…こんなとこで寝てたら風邪ひくかなって思って、びっくりしたよね?」

オレは、書庫で記録していた筈がいつの間にか寝入ってしまっていて、それを彼女が起こしてくれたらしい。多分その時、オレが睡眠を阻害するものを払おうとしたんだろう。手に嵌めたゴツイ指輪、それが彼女の頬を掠めて傷を作ってしまったのだ。


「もう、ラビってば気にし過ぎ、傷だってたいしたことないのに」
「いーや!だって顔だよ?!女の子なのに傷でも残ったらどーすんさ!」
「ないない、掠っただけだもん」
「傷、残ったらオレが責任取るさ!」

そんな事を言い出したオレに彼女は噴き出して肩を揺らして笑った。こっちは結構大真面目で言ったのだけど、それを真に受けてくれる程彼女は子供じゃない。モチロンオレだってそんな事は知っていて、だからこそ言えたとも言う。





「それよりもラビ、悪い夢でもみてたの?」

うなされてたよ
一頻り笑った彼女が、そう言いながら心配そうにオレを覗き込んできた。その彼女の視線に囚われたオレは、一瞬何もかもを奪われる。思考も呼吸も、取り繕う隙も。それを自覚したオレは誤魔化す様に「ん〜、」と考え込むフリをして空に視線逸らした。彼女から逃げた瞳は、書庫の薄暗い天井を彷徨う。そっか、うなされてたんだ、オレ。沸き上がってきた自嘲の笑みを飲みこんで、オレは口角を上げて言った。


「忘れたさ、」
「そう?」
「うん、」

ホントは覚えている、けど、そういう事にしておく。彼女には、知られたくないから。

最近、でもないけど、『ラビ』になってから今まで見なかった種類の夢をみるようになった。『ラビ』が忘れられる夢、オレが忘れられる夢。この教団の誰もが、みんなみんなオレを忘れていく、夢だ。多分、『ラビ』より前の自分だったら、そんな夢を見たところで何とも思わないし、うなされる事なんてなかっただろう。人は忘れていく生き物だから、そしてオレはその流れに抗わない様に生きる者だから、自分が忘れられる夢なんて別に怖くない。そう思っていた。今の、『ラビ』の、オレだってそう思っている。だから、彼女にうなされていたと教えられて、吃驚した。けれど同時に、そっか、そう思った。

どうやらもう、認めなくてはいけないみたいだ。変わっていく自分を。ホントはずっと前から気付いていたけど、それを受け入れちゃいけない気がした。防衛本能だ。だってそれを認めてしまえば、きっとオレは苦しくなる。

目が覚めて「夢で良かった」と安堵する自分がいる事を
忘れられる事を何よりも恐れる自分がいる事を



「ラビ?」

未だ残る夢の感覚を、彼女の声が攫って行く。オレの顔を覗き込んだ彼女の口唇がどうしたの、そう模った。夢の中では向けられなかった瞳が、声が、今、目の前に在る。そうだこれは夢じゃない、オレの目の前には彼女がいて、「ラビ」と呼んでくれる。だけど、オレはもっと確実なリアルな彼女が欲しくて、手を伸ばした。僅かに首を傾けた彼女は、不思議そうにオレを見返した。



「ラビ?」
「うん、」

問いかけに答えにならない応えを返しながら、彼女の白い頬に貼り付いた絆創膏に触れた。指先でそっと撫でると、彼女はまた困ったように微笑みながら口を開いた。


「もう…、大丈夫だって。こんなの直ぐに治るから」
「…うん」

彼女の言葉に頷きながら、けれどオレは正反対の事を望んでいた。彼女の傷が、残ればいいと。どうか消えないで欲しい、と そう願った。傷が残れば彼女は忘れないんじゃないか、そう思った。人は忘れていく生き物だけど、だけど、彼女には憶えておいて欲しいんだ。「ラビ」を、オレを。

じゃなきゃ、これからのオレはただ苦しいだけじゃないか。認めてしまった、受け入れてしまったオレは。
それでも生き方は変えられないから、だから、せめて彼女には、



「ごめんな」

それは、彼女を寄す処に生きようと決めたオレのせめてもの謝罪の言葉。女の子なのに、顔に傷が残ればいいなんて、思ってごめん。一方的に依存してごめん。胸の内でそう詫びるオレに、拙く触れるオレの掌に、彼女はゆっくりと擦り寄った。長い睫毛が伏せられ、彼女は目を閉じる。何かをそっと、確かめるように。掌全体に彼女の柔らかな頬の感触や温かさが広がる。オレは瞳を閉じたままの彼女を、目を細める様にして見詰めた。

何度か瞬かせた後ゆるりとあがった睫毛、それに縁取られた瞳と視線がかち合う。彼女は彼女の頬にあてているオレの手に自分の手を重ねて、息つく様に微笑んだ。




「またそんな顔してる」

「…、」

「責任とってくれるんでしょ?あ、もしかして嘘?」

「そんなことないさ!」

「だったら、もう気にしないで」

「…」

「解った?」

「あ、いや、「解った?」」


「…ハイ、」

「よろしい」

満足そうに彼女はそう言って、オレに手を伸ばしてきた。褒美のように頭を数回撫でた後、するりと彼女の掌が頬に触れた。穏やかな笑みを浮かべた彼女に、赦された気がした。彼女が何もかも、赦してくれた気がして、オレは「ありがと、」声にならない言葉でそう呟いた。きっと、もうオレはあの夢をみない。そう思いながらオレも彼女の小さな掌に擦り寄って、そっと、目を閉じた。確かに在る彼女の存在を、確かめる様に。






同い年のかみさま
100128
fin.
title by 不在証明








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