目の前に立ち塞がり、あの手この手で口説こうとする高校生らしい男を見ながら、ミラは小さく嘆息する。
 相手が年齢を勘違いしているのは明らかで、正直うんざりしていた。ミラはまだ中学三年生なのだが、意志の強い性格と綺麗な容姿が年齢以上に見せている。
「すまないが私は人を待っている。他をあたってくれないか」
「そんなこと言って誰もこないじゃん。少しくらい付き合ってよ」
 先程メールがきて電車遅延で遅れてくると連絡がきたので、そのことを伝えたのだが相手は信じていない。慣れているとはいえ今回の男のしつこさは過去の中でもトップに値しており、ミラの忍耐力は限界を迎え始めていた。
「いい加減にしてくれないか。私は人を待っていると何度言ったらわかるんだ」
「少しだけでいいからさー。君みたいな美人とお茶したいだけなんだって」
 相手も頑ななミラに痺れを切らしたようで、ミラの腕を掴むと強引に連れ出そうとする。
「離せっ!」
 相手の手を振り解こうとするが、腕をしっかり掴まれており簡単に解くことはできない。引っ張られ、無理矢理連れて行かれそうになるが足を踏ん張り、なんとか留まろうと抵抗する。
 周りは傍観を徹しているため助けを求めることはできないため、己の力でこの場を凌がなければならなかった。

「その手を離してくれないかな?」
 声が聞こえたと同時にミラの腕を掴んでいた男の腕が掴まれる。そのまま加減なしに強く握られ男は悲鳴を上げるが、ミラの腕を離そうとはしなかった。
「だ、誰だよ、おまえっ!」
「僕のことはいいから離して」
 声は穏やかなのだが琥珀色の瞳は怒りを孕んでいて、更に掴む力が強くなる。痛みに男がミラの腕を解放するが、腕は掴まれたままだった。
「なんの用があってこの子に手を出したのかな?」
「痛い痛いっ!」
「ナンパなら他をあたってね。この子に手出したら許さないから」
 手を離すと脱兎の如く男は走り去り、ミラはそれを黙って見送る。なんともいいタイミングでくるのだな、と思いながら助けてくれた人に視線を移した。
「大丈夫だった、ミラ?」
「ああ。それより思ったよりくるのが早かったな、ジュード」
「ミラを待たせたらいけないと思って走ってきたんだ。急いで正解だったよ」
 駅から待ち合わせ場所まで早くても十分はかかる。電車がいつ到着したかはわからないが、ジュードの様子から見ると着いてまだそんなに経っていないのだろう――平然と見せかけているが呼吸が少しだけ乱れている。
 ジュードはミラより年上で現在は医師になるべく医療系の大学に通っており、実習などの関係で会える日は限られていた。ミラは受験生なのだが推薦を受けて合格したため、先を心配することはない。今日会う約束をしたのはジュードが合格祝いをしたいからと申し出たからだった。
「ジュード。祝いたいという気持ちは有り難いんだが、学校の方は大丈夫なのか?」
「レポートは昨日終えたから大丈夫だよ。実習は来月からだしね。ミラが心配になることは何もないよ」
 ジュードはミラの手をそっと握り締め、エスコートするかのように手を引く。
「行こうか、ミラ」
「……そうだな」
 嘘を吐くことはしないと知っているミラは、ジュードに任せて歩き出した。ジュードは今まで出会った中で誰よりも誠実でお人よしで優しい。そんなところにミラは惹かれ、ジュードもミラの意志の強さや考え方に惹かれた。
 年齢が五歳も離れていたため、交際するまでに紆余曲折したものの、無事に交際に辿り着くことができた。まだ日は浅いが互いを想う気持ちは強く深く、他者が入り込める隙間は存在していない――知人には馬鹿っぷるという有り難いのかよくわからない称号をいただいている。
「最近、おいしいケーキ屋さんができたんだって。ミラ、甘いもの好きだよね」
「ケーキ、か……。そういえば久しく食べていないな」
 最後に食べた日も覚えていない。一度脳裏にケーキを浮かべるとそれは簡単には消えず、食欲がそれを食べたいと訴え始め、舌がケーキの味を思いだそうとする。涎が垂れそうになり、事前に防いだがミラの思考はケーキで埋め尽くされていた。
「お祝いはそこのケーキでいいかな? 今ちょうどバイキングもやっているんだ」
「なんだと! ジュード、早く連れて行ってくれ!」
「焦らなくてもケーキ屋は逃げないよ」
 ミラの食に対する欲求をジュードは微笑ましく思いながら返答する。今は色気より食い気だが、いずれ美の追究を始めるのだろう。今よりもっと綺麗になれば、ミラを狙う輩も増える訳で、いつでも傍にいて守りたいがそれは叶わない。
 歳が近ければ今より傍にいることはできるのだが、出生を呪っても現実が変わるはずもなく、今はどのように対策を練るかを考えた方が堅実だ。
「――それに考え方を変えたら早くミラと結婚できる訳だしね」
 医師になれば経済面は解消され、あとはミラ本人と家族の同意のみとなる。ミラの家族は祖父と姉だけと聞いていたが、了承を得るまで骨が折れることは目に見えていた――祖父は孫たちを溺愛していることをとある人から聞いて、その際にいかに苦労したかも懇々と聞いていた。
「ジュード。早く早く!」
「はいはい」
 今は先のことを考えるのではなく、ミラとの大切な一時を楽しむことしにて、ジュードは目的のケーキ屋へと足を動かした。


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