酒という存在ほど恐ろしいものはないのではないだろうか。現実逃避をするようにミラはぼんやりと考えた。
「何を考えているの、ミラ?」
「いや、大したことではないんだ」
「大したことじゃないなら、僕のことを考えてよ。今ミラの前にいるのは僕なんだよ?」
 ジュードが迫るとぎしっとベッドが軋む。目の前にいるのはジュードなのに、ミラが知っているジュードではない。
 豹変、という表現が正しいのだろうか。今のジュードは思いやりがあって、まっすぐで誠実な少年――だが今はそんな面影はどこにもなくまるで狩猟者のようだった。
「ミラのことが好きなんだ」
「知っている。私もジュードのことが好きだ」
「うん、知ってる」
 旅の間に育まれた想いは通じ合い、今は恋人という関係になっている。人と精霊という種族の違いはあるが、それは本人たちにとって大した問題ではない。未来に対する不安がないと言えば嘘になるが、未来に怯えるよりも今を大切にする方が大事なのだ。
「急にどうしたんだ?」
「ミラとどんなに想いが通じても、ミラは絶対僕のものにはなない」
「……ジュード?」
 ジュードが呟いた言葉の意味が理解できず、ミラは訝るように目を細める。想いは通じ合っていてもジュードのものにはならない。
 それは一体どういう意味なのか。
 精霊の主が人間に溺れることは許されるのか判断できないが、ジュードのことが大切で誰よりも好きだったから、全てを彼に委ねた。
 だが彼は否定の言葉を紡ぐ。まだ、渡していないものがあったのかと、それを見つけるために思考を巡らせる。
「ミラはみんなのものだから、僕だけのものにはならないんだ。こうやって――」
 ジュードの手がミラの髪に優しく触れる。シルフに編んでもらった髪をジュードの手は優しく梳いたあと、一房ほど手に取り口づけた。
「髪に触れても」
 ジュードの片手が不意にミラの足に触れる。足の指を撫でるように触っていた手は徐々にあがっていく。太股に手が触れた瞬間、ミラの身体が震えた。
「足に触れても」
 足の方に気を取られていたミラはジュードの顔が迫っていたことに気づかず、気づいた時には唇を奪われていた。
 軽く重ねられていた唇は閉じられていたが、ジュードの舌がミラの唇を撫で、僅かに隙間が生まれる。ジュードはそれを逃さず、舌を滑り込ませ深いキスへと変わった。あとはジュードに翻弄されるしかないミラの意識は徐々に霞む。
「こうやってキスしても、ミラは僕のものにはならない」
「どうして、そう……思うんだ……?」
 息切れする中ミラは問う。キスで自分は呼吸を求めてうまく喋れないのに対し、ジュードは平然と話している。普通のジュードなら同じように酸素を求めているのに――酒というのはどうやらリミッターを外すらしい。侮れない存在だとミラは酒についての認識を改める。
「ミラはみんなのミラだから、だよ」
「私が精霊の主――マクスウェル、だからか?」
 ミラは精霊と人間を大切に思っている。それは我が子同然であり、守りたい存在だからだ。だがジュードだけは違うのだが、それは本人には伝わっていないようで。
「どうしたらミラは僕だけのものになってくれる?」
「なるも何も私は君のものだ。あの日私は全てを委ねた。死ぬまで共にいると約束をした。それでも信じられないか?」
 こうして共にいるのが何よりの証拠になる。誰よりも愛しいと思わなければ四大精霊とミュゼに精霊界を任せて人間界にくることはなかった。
「それなら約束して」
「約束……?」
「他の奴は見ないで僕だけを見てよ。アルヴィンやガイアスは以っての他だからね」
 ローエンならぎりぎり許してもいいかもしれない。彼はどんなことがあっても恋愛感情に発展することはないだろう。友人と姿を重ねることはあるかもしれないが。
「いつでも傍にいて。離れたら許さない」
「……君は独占欲が強いんだな。初めて知ったよ」
「僕もこんなに強いなんて知らなかった。ミラが誰かと話して笑顔を向けるだけで、腸が煮え繰り返りそうになるんだよ?」
「どうせなら、素の君から聞きたかったな」
「ミラが思っているほど度胸ないから無理。知らないかもしれないけど、ミラを抱く時お酒を飲んでるんだよ」
 素のままでは欲望のままミラに触れることを躊躇ってしまう。欲望より理性が勝つ自分の精神に驚きはしたものの、今ではそれは非常に有り難くないことで、リミッターを外すためにも酒の力を借りていた。
 知らなかった告白にミラは小さく笑う。抱かれる時に感じていた違和感はこういうことだったのか。
「いつか素のジュードに抱かれたいな」
「当分無理だと思うよ。アルヴィンが見たら絶対馬鹿にされるくらい何もできないから」
「それでもいつかは抱いてくれるんだろう?」
 意地悪なミラの笑顔にジュードは再び唇を塞いだ。いつかそうなったらいいとは思うが、素の自分はどうしようもなくヘタレで、キスだけで精一杯だろう。
 同じ自分なのに酒を飲む前と後ではどうしてこんなにも違うのだろうか。そう疑問に感じつつもジュードはゆっくりとミラを押し倒した。
「今は僕がミラを満足させてあげるよ」
「今日もやるのか?」
「もちろん。ミラから誘惑してきたんだから今更やめるなんて言わないでよ?」
 そっと足の付け根に触れるとミラの身体が僅かに震える。その震えは恐怖からではなく、別の感情からだとわかっているジュードは小さく笑う。
「今日は寝かせてあげない」
「手加減はしてくれ。明日動けなくなることだけは避けたい」
 一日をベッドの中で過ごすことだけは遠慮したい。一度したことがあるのだが暇で、動けないことが酷だと思ったのはガンダラ要塞で負った怪我以来である。
 ミラの要望にジュードは妖艶な笑みを見せ、一言だけ告げる。
「ミラが煽らなければね」
「……私は煽った記憶はないんだが」
「無自覚なだけで毎回煽ってるよ。だから僕も手加減できなくなるんだよね」
 今回も同じように煽ることは簡単に想像できて、ミラの要望を聞くことはできないだろう。冷静に解析しながらジュードは身体を倒してミラへと溺れに行った。


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