痛くない愛をください
「知らねぇのか慈郎。あの二人付き合い始めたんだぜ?」
「…え」
その一言は、眠気覚ましには十分すぎるほど衝撃を与えた。
岳人から跡部と忍足が付き合い始めたってことを聞いたのは、つい最近のことだった。
詳しいことを聞くと、告白は忍足からだったらしく、跡部も口では否定しているけど更ではないみたいだ。
「…い、おい慈郎!!」
「っ!!あ、え!?」
「んだよ慈郎。急にボーッとし出して。…どーでもいいからさ、帰りマック寄ってかね?」
「…ごめん岳人。今日は帰る」
頭が、回らなかった。後ろから岳人の叫び声がした気がするけど、俺はそれを気にもとめず荷物を一式持って急いで部室を出た。
跡部と、忍足が、付き合った。
しばらくこの一文が頭の中でぐるぐる回っていたけれど、いつの間にかその考えを否定するようになっていた。
そして俺は、運悪く忍足と鉢合わせしてしまうことになる。
「なんや慈郎。もう帰るんか?今日は岳人とマック行かんの?」
「…」
何で、会っちゃったの俺。何でこの道歩いちゃったの。何で何で何で何で何で。
って考えても仕方ないから、俺は重たい口を開く。
「…忍足」
「ど、どないしたん慈郎…。そないな形相で睨んで、俺何かしたか?」
「…跡部と付き合ってるって、本当?」
「!!…あぁ、岳人やな?そないなこと言うたんは…」
俺が跡部の名前を出したら、忍足は困った様子で頭を掻いた。何困ってんだよ。別に困ることじゃないだろ。さっさと、答えろよ。
「付き合うとるよ。まだ日は浅いけど」
忍足は、真剣な顔付きで言った。たったそれだけで、たった一言で、俺はとても負けた気がして、気を緩めたらすぐに涙が零れそうだった。少し視界がぼやけたけど、俺は何とか耐えて忍足を睨み付けた。
「…慈郎?」
「……い、や」
「…?」
嫌だ嫌だ嫌だ。今まで俺は跡部が居たからやってこれたんだ。跡部が側に居てくれたから。跡部が俺を見捨てないでくれたから。忍足だけが、跡部を必要としてる訳じゃない。俺だって跡部が必要なんだ。
お願いだよ、忍足。
俺から、跡部をとらないで。
「…帰、る」
「え、慈郎!?慈郎!」
俺は地面に貼りついたかのように動かない足を、無理矢理動かした。少しでも早く忍足から離れたくて。胸がきゅうって、締め付けられてすっごい痛かったけど、そんなことにも俺は構わず、ただただ走った。
視界に驚いた表情をした跡部が見えて、我慢してた涙がちょっとだけ零れた。
ずっと、小さい頃からずっと、
好きだったよ、跡部。
「おい、さっき慈郎がすごい勢いで走ってったが…。何かあったのか?」
「…うん、失恋した、みたいやったわ…」
「あーん?誰にだよ」
「…秘密、」
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いや、これからも――。