ただ、怖かっただけ






女の、匂いが嫌い。

あの如何にも作ってますとか、香水ふりまくってますっていう甘い匂いが俺は大っ嫌いやった。同じ教室に居るだけでも漂ってくるあの気持ち悪い匂いが。他の男子はええ匂いとか、そそられるとか言うとるけど俺は全くそうは思わんかった。これなら真夏の汗臭いテニス部の部室の方が断然ましやわ。
やのに一日一回のペースでその女共は放課後や休み時間に呼び出しをかける。まぁ氷帝学園テニス部レギュラーなら仕方のないことやと俺は思う。

ということを俺、忍足侑士は今まさにそういう女を前にして考えていた。

「ねぇ侑士。私と付き合おうよぉ」

猫なで声で話しかけてくるそいつはやっぱりすごい匂いで、俺の腕に絡みついてくる腕を見下ろしながら顔を歪ませる。

「………くさ」

思わず呟いてしまった言葉にハッと口元を隠す。「え?」と見上げてくる顔に愛想笑いをしながら「なんでもあらへんよ」と慌てて返した。

「悪いんやけど、」

綺麗ごとを並べただけのいつもと変わらない言葉を出来るだけ優しく言う。挙げ句の果てには「お試しでもいいからっ」と成り下がって迫ってくる。
いい加減にしてほしい、早く解放してほしい、という苛立ちの思いがいっぱいで、絡められた腕を勢いよく振りほどきものすごい形相で睨みながら。

「俺あんたみたいなくっさい匂いが大っ嫌いやねん。しかもこちとら初めて会うたのに付き合うとか何のイジメ?あんたみたいな尻軽と付き合うとか、絶対ありえへんわ」

あ、と気付いた頃にはもう遅く。そいつは固まって何が何やらわからない、といった状態やった。『クールでポーカーフェイス』という俺につけられたイメージとは打って変わった一面を見してしもた。こそこそ帰ろうとする俺に気付き、ようやく我に帰ったそいつは顔を真っ赤にさせてふるふる震えながら腹の底から思いっきり叫んだ。

「っっっっ最低!!!」

もうやけくそになった俺は最っ高の笑顔で、

「やろ?少しは俺のこと理解できたんとちゃう?」

と言い残してその場を去った。



俺のことを理解して欲しいんは、たった一人だけ――。













「……ックソ…」

やり場のない怒りを仕方なく体育館裏の壁を殴ることで抑える。こんな気持ちで授業を受ける気にもなれるはずもなく、今日の授業はもうサボることに決めた俺はそのまま座り込んだ。

「…あほらし」

誰かに向けて発したわけでもないその言葉は、すぐに雲ひとつない青空に溶けるように消えた。
何であんな熱くなっとるんや。いつもの俺ならあれぐらいのことどうってこともないのに。本当、あほらしいわ。と一人でぐちゃぐちゃ考えながら小さく笑った。

「何こんなところでサボってんだ。あーん?」

「……跡部」

会いたくない、と今一番頭の中で思い描いとったた奴が現れた。どうして跡部はこうタイミングよく現れるんや、と心の中で訴えながら顔を背ける。

「…跡部こそ何授業サボっとるん。生徒会長様のくせして」

「うっせーよ。息抜きだ、息抜き」

いつもの高慢な笑顔を浮かべながら跡部は俺の横に座った。


こないな姿、見てほしなかった。


ぎゅっと唇を噛み締めるものの、後悔や苛立ちの気持ちは少しもおさまらん。

「何があった?」

沈黙が続いてた静かな空気に、跡部のその一言はよく響いた。勿論、俺の全身にも響き渡った。言える、わけがない――。



本当はさっきカッとなって言ってしまった理由も、自分の中では分かっとる。

俺は跡部が好きや。

その気持ちに気付いてしもた俺の、それからの日々は全くもって酷かった。男同士とか気持ちが悪い、と跡部に言われる日が来てしまったら。俺はきっと、生きてかれへんやろな。そう考えるだけでも怖くて、恐ろしくて、跡部に嫌われたらどないしよう。ってずっと悩んどった。そんな時に告白され、あの嫌いな匂いを嗅がされ、さすがの俺も限界を突破したんや。要するに、八つ当たりやった。

そんなこと、跡部に言えるわけないやん。

「…何でも、あらへん」

出来る限り平常心を保ち、いつもと変わらない口調で一言呟いた。すると横から跡部の深い溜め息が聞こえた。顔を見る勇気もなくて、俺はずっと顔を俯けたまま耳だけを傾けた。

「俺様の眼力なめんじゃねーぞ、忍足」

「…なめてなんか…ないわ」

「…まぁ。言う言わないはてめぇの自由だがな」

今度は少し突き放すような口調で話し出した跡部。ずしんと、心にきた。ヤバい。直感でそう感じる。ちょっとだけ跡部の口調が変わっただけでこんなに、泣きそうになるなんて。やめてやめてやめて、跡部やめて。それ以上何も、言わないで。

「ただ、これだけは言わせてもらうぜ」







「…俺は忍足が好きだ」


耳を疑った。俺が言ってしまったら関係が壊れてしまうと思っていた言葉を、まさは本人から聞くことになるなんて。跡部が、俺を?嘘じゃないのか、本当なのか、そんな、馬鹿な…。理解するのに長い時間が掛かった、と思う。

「…いきなり、悪かった。…じゃあな」

今まで横にあった微かな温もりがなくなっていくのを感じて、慌てて顔を上げた。

「あ、跡部…!」

歩いてく跡部を慌てて呼び止めると、跡部は驚いたような表情をして振り返った。

「俺も、」

と、言ったつもりが言葉になっていなくて。口だけが動いて音のない言葉は消え去った。

そして跡部は、俺に向かって優しく微笑んだ。




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届いたかどうかはわからないままで。




今回はちょっとシリアスな忍跡バージョン。跡部がちゃんと自覚をしていて忍足がちょっとへたれ。
途中から文が一回消えてしまって、書き直したんですが最初と大分文が違うと思われます。すみませんでした…!!











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