あなたを愛するすべてになりたい
※絵本…というか絵巻物みたいなのを目指しました。
ある日の帰り道、幸村という青年は公園でブランコに一人揺られているある青年を見つけました。
「……仁王!」
仁王と呼ばれた青年は、ゆっくりと顔を上げて声の主を確認しました。
「…なんじゃい幸村」
「なんだじゃないだろう。部活も来ないで…」
幸村は溜め息をつきながら、仁王の横のあいていたブランコに腰掛けました。
中三男子が二人でブランコ、という何とも言えない光景に幸村は一人苦笑していました。すると、
「…幸村、見てみんしゃい」
と仁王が空を指差しながら言ったので、それに釣られるように幸村は顔を動かしました。
「……綺麗だ」
幸村は反射的に口を動かしました。幸村から見たこの空は、とても雄大で、とても美しかったのです。いつも見ている空とは、何か違うような気がしました。
「そう、思うか?」
仁王が呟いた言葉に、幸村は我に戻った様に仁王を見ました。仁王は苦しそうに笑いながら「俺には、どす黒い色にしか見えん。ただ、真っ黒なだけナリ」と、幸村に届くか届かないかぐらいの声の大きさで、ポツリと呟きました。
幸村は、弱りきっている仁王を、心の底から愛しく感じました。
ただただ守ってやりたい、助けてやりたい、そんな一心でした。幸村がそう感じているにも関わらず、仁王の口を動かすスピードはどんどん速まっていきました。
どうして空が黒く見えてしまうのか、どうして自分は他人を巻き込んでしまうのか、幸村に八つ当たりして何かが解決するはずもないのに、自分が悪いのに、そんな自分が嫌いで、憎くて、ただ悲しくて――。
仁王が自分を否定する言葉に、幸村は耳を塞ぎたくなりました。仁王は最後に一言、「消えてしまいたい」と呟きました。
刹那、幸村は何かを失ってしまうような感覚に陥り、まるで何かが手の届かないかところへ行ってしまいそうな気がしてなりませんでした。
幸村はいつの間にか涙を流しながら、仁王の頬に手を伸ばしていました。仁王は少し驚きながら、幸村の手に自分の手を重ねました。
「…ゆ…幸村?」
「何処にも行くな…」
「…」
「空が黒くたっていいじゃないか、頼むから、自分を否定するのをやめてくれ、俺は、お前が必要なんだよ、仁王が、側に居てくれないと、駄目なんだ」
幸村は、言葉に詰まりながらも、ズボンを涙で濡らしながらも、口を休めることはありませんでした。
「だから側に居て、何処にも行くなよ、仁王、仁王のことがただ、好きなんだ」
幸村が一息つくのを見計らい、仁王は口を開きました。
「……のう、幸村」
「…」
「俺はただ、愛されたかっただけなんかもしれんの」
「仁王…」
「俺も、好いとうよ。ずっとずっと、幸村だけを見とった」
仁王は「ありがとうの幸村、」と呟きながら優しく微笑みました。そして仁王も幸村の左胸あたりまで手を伸ばし、
「幸村のこと、全部知りたいぜよ」
と、いつもの悪戯心にあふれた笑顔に戻りながら言いました。
幸村もそれに釣られるように、優しく微笑み返しました。
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愛がないと、空はただ黒くにしか見えなかった――。