飴ちゃん食べる?
「ブンちゃん、ブンちゃん」
「んー…?」
後ろの席から、仁王が俺の背中を叩いた。今日はテスト期間で部活がない。クラスの奴等が、テスト勉強をするからと授業が終わってそそくさと帰ってしまったため教室には俺と仁王しか居なかった。
前後の席で、テスト勉強をする。正確には、仁王は携帯をいじっているだけだけど。
「なんでも、ない」
俺が言葉だけを返して返事を待っていると、仁王はそう呟きまた携帯の画面に目を戻したのか、カチカチという音だけが教室に響いた。カチン…と、携帯の音に混じって教室の時計が時を刻む音が聞こえた。ふと顔をあげ時間を確認すると、針は五時を差していた。もう五時か、と心の中で思い教科書に目を戻す。
口の中のガムは、もうとっくの昔に味を無くしていた。味を無くしたガムは、変に意識すると気持ち悪く感じてしまう。だそう。そう思い新しくガムを出そうとすると、あることに気付いた。
「あー…。ガム、ねぇわ」
丁度さっきのガムが最後の一個だったらしく、箱を軽く振ってみるが何の物音もしない。やる気、なくした。心の中で呟き、ふー…と一息つく。ガムが無いときの、っていうか口の中に何もないときの脱力感は、半端ない。
「飴ちゃん、食う?」
後ろから、仁王の声がした。俺は断然飴ちゃんよりガム派だけど、もちろん飴ちゃんも大好きだ。とりあえず、何か食べたかった。
「まじかよぃ?」
笑顔を見せ、体全体を後ろに向けた。
途端、視界が一瞬暗くなった。何が起こったか、わからなかった。けど、すぐに目の前にあるのが仁王の顔だってことは理解できた。なんで、仁王の顔が??と、目を見開き考えるが全く意味がわからない。
ただ感じるのは、唇に何かがあたっていることだけ。
すると、舌と思われるモノで口をこじ開けられ、硬い物体が転がり込んでくる。
歯にあたって、カランと音がした。
あ、甘い。レモン味だ。
そう思って、初めて硬い物体が飴だということに気付く。
ほんの数秒の出来事なのに、俺にはすごい長い時間が流れたかのように思えた。
仁王の顔が遠くなり、窓から入ってくる赤い日差しで銀色の髪がキラキラ輝いているのを、俺は口を開けたまま眺めていた。仁王は俯いたまま再び携帯をいじり始めた。
俺も、体の向きを正面へと戻す。
やっと、状況が理解できた。途端、足の爪先から頭のてっぺんまで熱がものすごい勢いで回っていくのが、感じられた。
うっ、わ。
あまりの恥ずかしさに、俺は口を手にあてる。
変に力が入ってしまって、仁王からもらった飴玉が、ガリッと口の中で細かく砕けちった。
振り返る直前見た仁王の指は、微かに震えていたような気がした――。
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ファーストキスはレモン味。