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コンコン。
「ん?」
そして神田さんがユニットバスルームへと消えていったその時。ドアがノックされた音が聞こえてきた。どうやら二十五分遅れで、朝食が運ばれてきたらしい。
だけど。
「(…本当にタイミング見計らってるようだなぁ)」
気のせいだと思うけれど。
何の目的で監視しているのかは分からないが、カメラで覗いているならば、もう少し早くに助け舟を出して欲しかった。
文句なんて大それた事は言わないけれど、そしたら俺の贅肉も掴まれることなどなかったと思うのに…。
だけどまぁ。とりあえず。
朝食を運び込んでおくか。
「…あ」
でもそれより先に、端に寄せている机を真ん中に戻す方が先かな。少しくらいならば引き摺っても大丈夫だろう。
そして重たい机を何とか定位置に戻し終えた俺は、玄関先に置かれた朝食を取りに行った。
その足取りは自分でも驚くほどの軽快さ。それはもうスキップしちゃいそうなくらいに(でも見られてているからしないけれど)。だってお腹空いた。今日の朝食は何かなぁ。
そんな事を思いながら、給食の献立にワクワクする子供のように、俺は運んで貰った朝食を覗き込んだ。
「げっ…」
そして俺はトレイに乗ったある物を見て、おもわず顔を歪めてしまった。
俺は自慢ではないが、好き嫌いがない。
肉も魚も野菜も大好き。
だけど昨日散々な目に遭った原因である、……このヨーグルトを見て、少々嫌気が差してしまった。
二つのトレイの上に乗っているヨーグルト。俺はそのヨーグルトの容器を手に取って、誰に言うわけではなくボソリと呟いた。
「もう、こりごりだよ…」
「何が懲り懲りなんだ?」
「ひぃぁ、?!」
しかし俺の言葉は独り言になる前に、足音もなく近付いて来た神田さんによって拾われてしまった。
「や、やめてください…っ」
しかも耳元という至近距離で急に囁かれたのだ。その上、低音ボイスというおまけ付き。
男の俺でもゾクリとしてしまうほどの男の艶がある声。思わず変な声が出てしまったじゃないか。
女の人がこいつにメロメロ(死語?)になるのも頷けるよ。
だが俺は男だから、こういう行動は俺を煽っているだけとしか思えない。
一歩後ずさり、まるで自分が猫になったかのように威嚇の体勢を取っていると、神田さんはさも愉快そうに口元に笑みを作った。
「馬鹿だな、お前」
「……な、っ」
「本当に弄り甲斐があるわ」
くくくっと喉元で笑って部屋の中に戻って行った神田さんに、俺は頬が熱くなっていくのが自分でも分かった。
間違っても照れたとかではない。
これは、怒りでだ。
そう。
笑った神田さんが格好いいとかそういうのではないぞ。
……多分。
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