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「………」
「………」
しかし俺が室内に戻った所で和気藹々とした会話が弾むわけもなく。むしろ無言の状態が長く続いて、精神的に辛い。居心地が凄く悪い。
神田さんは再び新聞を読んでいるのだが、苛々している様子を隠せていない。というか隠す気がないのかもしれない。舌打ちばかりしていて、流石に恐いんだけど…。
一方の俺はというと何もすることがないし。いわゆる、手持ち無沙汰状態だ。
それに…。
「………」
楽な仕事で雇われておいてあまりケチは付けたくないんだけどね。何でこういうときに限って、朝食も運ばれてこないのだろう。朝食の時間過ぎていると思うんだけどなぁ。お腹空いた。それに朝食が運ばれてきたら、それなりに会話するチャンスが増えると考えているんだけど…。
今まではちゃんと時間通りに運ばれてきたのに。
わざと時間をずらして、監視カメラで俺の焦っている様を楽しんでいるんじゃなかろうかとまで思えてきた。
いや…流石に、それは考え過ぎか。
さっきから被害妄想激しすぎるぞ俺…。
「………」
うーん。しかし、どうしたものか…。
俺の早とちりな言動の所為で生み出したこの緊迫した状況を、どうやって打破するべきなのだろうか。神田さんからはまだ怒りを静めてくれる様子が垣間見えないし。
そりゃ、そうだ。無実なのに疑われて気を悪くしない人間なんて居るわけがない。
よくよく冷静になって考えてみたら、これがドッキリ番組なわけないよな。まず俺のような面白味の欠片もない太った一般人なんかを使用するわけがない。
「(…これは素直に謝るのが一番なの、かな?)」
俺もゲンコツ食らわせて少し腹が立っていたけれど、その原因を作ったのは間違いなく俺だ。それなのに、一度も謝罪をしないというのは非常識だろう。
自分から神田さんに話し掛けるのは緊張するが、ここは素直に謝ろう…っ。謝っても許してもらえないときは……、その時はその時に考えよう。
「あ、あの…!」
「…あ゛?」
「ひ、っ…」
何ていう凶悪な面に低い声なんだ。
番組に出演していたときの爽やかな表情はどうしたっ?世の女性を虜にする甘いボイスはどうしたっ?何処かに忘れてきたのか?!
く、くそ…。恐いっ。
でも一回話し掛けたからには、もう後に退けない…!
「そ、その、先程の件なのですが…」
「………」
「えっと、…その、」
「…何だよ?」
「お、俺の勘違いでした。ごめんなさい…」
胡坐を掻いたままで新聞を広げている神田さんに向かって、俺は深々と頭を下げた。正座した状態から頭を下げたから土下座のようになってしまったが、プライドとかそういうのは別に俺にはないから。このギスギスした状況が打破出来るならば、土下座の一つや二つくらい屁でもない。
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