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俺の知っている神田皇紀はこうだ。
容姿端麗、頭脳明晰。
だがそんな彼からは不思議と嫌みたらしさは感じない。爽やかな笑顔に、若者にしては綺麗な言葉遣い。
容姿や演技力だけではなく、彼の人の良さも人気の一つだ。
…だけど。
「あ?何見てんだ?」
俺の目の前に居る神田皇紀は全然違う。
死んだ魚のような目。声も低く、口調も荒い。
顔は同じなのだが、テレビで見ていた神田皇紀とは全くの別人だ。
「…あ、いえ…ごめんなさい」
怖くて俺は素直に謝った。
つまり…テレビに映っていた彼は、猫被っていたということ?
こっちが本性ということか…。
彼の性格込みで好きだっただけに、少しだけショックだ。
だがこうでもしないと厳しい芸能界では生きていけないんだろうな。この部屋に居るということは、神田さんにも色々悩みがあって、逃げ出してきたということだろうし。
目の前に神田皇紀さんは、凄くすごーく怖い。
だけど両親と弟が居るあの家に戻るよりは、二ヶ月間だけでも此処で住む方が、俺からしてみれば遥かに楽だ。
「…あ、あの」
「あ?」
「お、俺…藤島有希…って言います」
神田さんは二ヶ月間も俺なんかと過ごすのは嫌かもしれない。空気として扱ってくれても構わないし、少しだけなら邪険に扱われようとも構わない。だけど追い出されるのだけは絶対に嫌だ。
俺は深々と頭を下げて、宜しくお願いしますと震える声でそう告げた。
「………」
ドラマや漫画ならば、普通はここで「こちらこそよろしく」という返事が返ってくるだろう。だってそうだ。ここまですれば、いくら彼だって俺が同室者ということを納得してくれるだろう。
だがどうやら。
俺のその考えは甘かったらしい…。
「ふーん。…で?」
彼から返って来たのは、とてつもなくやる気のなさそうな返事だった。
「ふーん」はともかく、「…で?」と返されても、こちらからは返事の仕様がない。やはり現実は、ドラマや漫画の展開のように上手く進まないらしい。しかもひねくれた性格をしていそうな彼だ。仲良く握手までしてくれるという展開には進みそうにはない。
「……えっと」
「何を望んでるんだお前は?」
「の、ぞみ?」
「違うのか?」
「いえ、えっと…俺は二ヶ月間、ここに居させてくれるだけで満足というか…なんというか」
「……それだけか?」
「……?」
え?それ以外に俺は彼に何を望めばいいんだ?
彼の返答に戸惑い、首を横に傾げれば、神田さんは「…お前は変わっているな」と俺の顔をまじまじと見つめながらそう言った。
いやいや。
変わっているのは俺ではなく神田さんの方では?
そう言いたかったけれど、そんなことを言える度胸もなく。それに万が一口を滑らせてそんなことを言おうならば、更に彼との関係性が縺れてしまうかもしれないので俺は口を開くのを止めた。
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