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新規短編 爽やかドS×苦労人



「ねえ、いいよね?」

「……ん、ッ、んーー、んぅううーー!!」

『いいわけあるか!』、という俺の言葉は。
口元を塞ぐように巻かれたタオルせいで、言葉として紡ぐことは出来なかった。


…何故こんな事になってしまったんだろうか。
背後に居る男が一番悪いのだが、その男の人の良さそうな容姿と声に易々と騙された俺も悪いのかもしれない…。

戻れるなら、一時間前に。
いや、この男と出会う前に戻りたい。




**********


「うげっ、スマホがない…」

電車から降りた俺は、鞄の中から手袋を取り出そうとした。
そのついでにメールの確認でもしようと携帯を探したのだが。
…何故か、見当たらなかった。

「………うぇー…どうしよう」

というかどこに置き忘れてきたんだ、俺は?
残業中に後輩に指導してた時か?
もしかして、部長に書類の提出期限を早められた時か?
それとも、駅のトイレに寄った時か?

「…いや、でも……確か、電車内で使ったような…」

あ、そうだよ。
暫くの間、スマホで音楽聞いたよ、俺。

「えっ、ということは、電車に置き忘れてきたってことか…?」

それって一番最悪じゃんか。
親切な人が車掌さんに渡してくれてないかなぁ


そんな事を思いながら、俺は鞄の中から取り出した手袋をはめて、早足で帰宅した。


「えーっと、駅に電話してスマホの置き忘れがあるか確認しなくちゃなー」

帰宅して早々に、駅の電話番号を調べるために、パソコンを起動した時だった。


プルルルル、


「………あ…、」

家の固定電話が鳴ったのは。

この電話に着信があるのは、珍しい。
しかも、この遅い時間に、だ。

「(……知らない携帯番号だな)」

もしかしたら駅の係員の人が掛けてきてくれたのかも。
スマホには、“家”という名前で、この電話番号を登録していたからな。
そう思った俺は、切れる前にすぐさま電話に出た。


「もしもし、柳田です」

『…あっ、もしもし。柳田淳平さんですか?』

「は、はい、そうです」

『俺、電車に落ちてる携帯を拾った者なんでけど』

「……えーっと、○×駅の方でしょうか?」

『すみません、違うんですよ。落ちていたから思わず、拾って帰ってきちゃったんですが、やっぱり係員に届けた方が良かったですよね…』

「い、いえ、そんな事はないですよ!わざわざご連絡をくださって、ありがとうございます」

正直なところ、駅に居る係員に渡してくれていた方が良かった。
毎日その駅から会社に行っているから、明日に取りに行こうと思っていたからだ。
……だけどわざわざ拾ってくれて、しかも連絡をくれた相手に、それを面と向かって言う度胸も勇気も、俺にはなかった。
それにこの男の人の声からしても、いい人そうだという事が伝わってくる。

『えーっと、大変失礼だと思いますが、ご住所をお訊ねしてもよろしいですか?』

「……え?」

『俺の家から柳田さんの家が近ければ、お届けしようかと思って。今の時代、携帯がないと不便ですよね』

「ま、まあ、たしかに…」

だけど見知らぬ人に家の電話番号と携帯番号を知られた挙句、住所まで教えるのは…。
良かったら近くの交番に届けてくれないかなぁ。でもそんな事、俺の方からは言い出しにくい…。

「……うーんっと、」

『実は先程から、“部長”と書かれた方から数回お電話が掛かってきてるんですよ』

「えっ!?」

『電話には出てないんですけどね。……あっ、出た方が良かったですか?』

「い、いえ、大丈夫です…」

……もしかして、あれか。
例の件の催促の電話か?提出期限がもっと早まったのか?
ど、どどど、どうしよう。あんまりにも何回も留守を使ってると、信用を失っちゃいそうだ。

『家が近いのなら、俺が今すぐ届けに行きますよ』

「ほ、本当ですか?……すみませんっ。ではお言葉に甘えちゃおうかなぁ」

『はい、任せてください!』

部長からの電話が気になってしまった俺は、そのまま彼に住所を教える事にした。


『えっ?○△区の4丁目ですか?結構近いですね』

「あ、そうなんですか?」

『はいっ。徒歩でも十分掛かりませんよ。それでは、今すぐそちらに向かいますね』

「ありがとうございます。助かります!」

『あはは、いいんですよ。元々言えば、俺が持ち帰っちゃたのが悪いんですから』

「ふふ、それを言うのなら、落とした俺が悪いんですよ」

『もしかしたらこれも何かの縁かもしれませんね。では、今から向かいます』

「はい、お願いします。お気を付けて」

とても心の優しい人だ。
仕事で心身ともに疲れた俺には、彼の声がとても癒しになっていた。




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