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「先生、おはようございます」

「おう。おはよう」

扉を開ければ、すぐさま目に入ったのは、夏野先生の広くてがっしりとした背中だった。
体育の先生の見本のような体格の持ち主の彼は、身長190センチ越えで、同じ男として羨ましいほど恵まれた身体付きをしている。その完璧ボディは飾りなどではなく、以前にじゃれ合いの最中で、俺の身体を片手一本で支えられたことで証明済みだ。

「バスケ部の朝練は、もういいの?」

「いや、あと少ししたら体育館に戻るよ。今日は急に呼び出して、すまないな」

「ううん。俺としては、朝から先生と話せただけで嬉しいから、気にしないで」

「……お前なぁ。真顔でそういうこと言うなよ。…照れるだろ?」

「だって本当のことだし。それに先生は、いつも女子に囲まれているから学校では、話す暇があまりないじゃん」

顔良し、体格良し。
それに加えて、誰に対しても優しく接する先生は、女子だけでなく男子生徒からも好かれている。間違っても俺のような奴が、独占をしていい存在ではない。
だけど、だからこそこうして、唯一生徒の中で先生と個人的に連絡のやり取りができているのが嬉しくも思う。こっそり密会できる僅かな時間が俺にとっては貴重で幸せな時間だ。

「それで、俺になにか用事?」

「………ん?ああ、少し訊きたいことがあったからな」

「なーに?」

「…お前、また何か一人で悩みを抱え込んでいるんじゃないか?」

俺は夏野先生のその言葉に、ドキッとした。
なぜならそれは、図星だからだ。
嘘を吐いて隠そうとも一瞬だけ考えたが、無駄に終わることが目に見えてしまい、俺は目を細めて苦笑をした。

「……もう、何で分かったの?」

「俺に波多野のことで、分からないことはないんだよ。観念して、悩みや愚痴は俺に全部吐き出してしまえ」

ニカッと笑って見せた先生は、やっぱり凄い人だと思い知る。
…それとももしかして、俺が表情に出やすいタイプなのだろうか?だがどちらにせよ、心配性の先生を、このまま不安にさせておくわけにはいかない。

「そんな大したことじゃないよ。…いや、ある意味、俺にとっては結構重大なことだけど……」

「どうした?」

「あ、あのさ。実は俺、昨日隣のクラスの子に告白されたんだ…」

「…………、へえ……」

「告白されたことなんて初めてだったから、ちょっとビックリしたよ。多分その動揺が先生に伝わちゃったんだろうなぁ」

数回ほどしか会話をしたことがない相手だったからこそ、余計にビックリした。


「……相手は誰?………男?女?」

「え?告白なんだから、女の子に決まってるじゃん。委員会が一緒でさ、多分それが切っ掛けで俺のことを好きになってくれたんだと思う」

「…返事はしたのか?」

「ううん、まだしてないよ。その子が、返事はすぐにしなくていいって言ってたからさ、だから俺も、何て返事をしようか迷っているとこ」

「……………」

そこで俺は、先生の様子がおかしいことに気が付いた。
俯いている彼は、顎に手を置いて、何か考え事をしている様子だ。

「……先生?どうかしたの?」

「………!…いや、なんでもないよ。少し驚いただけだ」

「だよねえ。それについては、俺が一番驚いてるよ。まさか俺なんかに好意を持ってくれる人が居たなんてね。世の中には物好きが居るもんだなぁ」

「波多野が気が付いていないだけで、好意を持っている人は居るはずだよ」

「そうかなぁ?」

「……ああ」

安心させるように、わしゃわしゃと、俺の頭を撫でてくる先生。
大きいその手で撫でられるのは、気持ちが良くて好きだ。

「…それにしても、複雑な気持ちだ。波多野が初の告白を受けて、俺も嬉しいはずなのに、寂しくも感じるよ。まるで自分の子供を嫁に出すような気持ちだ」

わざとらしく泣き真似をして見せる先生の腕を、俺は笑いながら軽く叩く。

「それを言うのなら、嫁じゃなくて婿でしょ。それにただ告白されただけなんだから、そんな表情しないでよ」

「今夜は赤飯だな!」

「……もうっ。からかわないでよ」

「はははっ、冗談だって。そう怒るなよ」

「だーめ。許さない」

今回の件も、先生に話してよかった。
返事をどうしようかと焦って悩んでいたけれど、先生のお陰で少し落ち着くことができた。相も変わらず頼りきりの俺だけど、今の俺には夏野先生が居ない生活は考えられない。


「(………親離れできないのは、俺も同じだな)」

そんなことを思いながら、俺は先生につられるように笑ったのだった。


END


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