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一万円本編終了後の話。「高瀬、それこっちに運んでくれる?」
「これか?」
「うん、お願いしても大丈夫?」
「ああ、任せておけ」
「ありがとうっ」
朝はダンボール箱だらけだった床は、今では綺麗に片付いている。これで粗方片付ける事が出来た。
これなら今日からでもこっちで一緒に暮らせそうだ。
「よし、そろそろ休憩しようか」
「そうだな」
「お疲れ様!」
冷蔵庫で冷やしていたお茶を高瀬に手渡し、俺は蜜柑ジュースを手に取った。蓋を開け、ゴクリと喉を鳴らして飲めば、冷たい液体が身体の熱を幾分か冷ましてくれる。
重たい物を運び、疲れた身体が少しだけ癒された気がした。
「仁湖」
「ん?何?」
「手が…赤くなってる」
「え?あ、本当だ」
全然気付かなかった。
力仕事なんて久しぶりにしたからなぁ。慣れない事したから、手が悲鳴を上げていたのかもしれない。
「…大丈夫か?」
「うん、全然大丈夫。高瀬に言われるまで気付かなかったくらいだし」
「………」
痛みも何もない。
これくらいなら湿布を貼るすら勿体ないくらいだ。だが未だに心配そうな表情を浮かべている高瀬。俺は平気だと言うことを伝えるために、手をグーパーグーパーとして見せた。
「………」
「高瀬?本当に大丈夫なんだよ?」
俺の手がなんの異常もないということをまだ納得していないのか、高瀬の眉間には皺が寄った。寄った皺を解してやろうと手を伸ばせば、それより先に高瀬に手を掴まれた。
「…わっ、」
「あまり動かすな。冷やしておけ」
そして高瀬は自分の飲んでいたお茶のペットボトルを赤くなった手に当ててくれた。冷蔵庫で冷やしていたため、とても冷たくて気持ちがいい。
「ありがとう。でも、本当に大丈夫だよ?」
「…それでも、俺は心配なんだ」
「心配性だなぁ」
「仁湖にだけだ」
サラリと言ってのけた高瀬の言葉に、つい照れてしまう。不意打ちでのこういう台詞は卑怯だ。照れてしまったことを隠すように、俺は高瀬に渡されていたお茶のペットボトルをポイッと投げつけてやった。
しかし高瀬はそれを平然と受け止めるため、何故か逆に恥ずかしく感じてしまう。
「ふ、可愛いことをするな」
「…う、うるさいっ」
「今日からはこの家で色々な仁湖を見れるのか」
凄く楽しみだ、と笑って見せた高瀬の笑みはとても嬉しそうだ。それは見惚れるくらいに格好良くて、ついクラリとしてしまった。
「……っ、」
そう。
入学式の一週間前である今日。俺たちは無事新居へと引っ越せて来れたのだ。とは言っても、俺の両親からすんなりオーケーの返事が出たのではない。
母さんはまだ良かったものの、父さんからは凄い反対されていた。それは一緒に住むということだけではなく、俺と高瀬との交際についても。
…だけど、
俺たちは、
「…仁湖、」
「……え、何?」
「手」
「…手?」
高瀬に言われた通り、手を差し出せば、今度は冷たいペットボトルを当てられたわけではなく、高瀬の大きな手の平で包まれた。
「…あ、冷たい…」
高瀬が冷たいペットボトルをずっと握っていたためだろう。高瀬の手の平からは熱を感じられず、代わりにひんやりと冷たい。
「…きもちい」
「こっちの方が効果的だろ?」
「確かに」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
高瀬の冷たい手は俺の熱が移り、すぐさま握り合った手は温かくなった。これでは冷やす効果は薄いかもしれない。だけど俺たちは手を離さず暫くそのまま手を握り合った。
だって、高瀬の言うとおり俺にはこっちの方が効果覿面だから。
君の温もりは万能薬!繋いだ手を離さないでね!END
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