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隠し切れない思い
●高瀬side
この顔の所為なのか、他の理由があるのかは知らないが、俺が近づくと必ず動物は逃げる。
…今だってそうだ。
登校中に、仁湖のように柔らかそうな毛並みをしていた黒猫が居たから、少しだけ触れてみようと手を伸ばせば、黒猫は逃げ出す。
…何だか仁湖に逃げられてしまったようで、少しだけ気が滅入る。
その黒猫は俺から五メートルほど離れた車の陰に身を潜め、瞳孔を狭くしてこちらを見ている。
そういえば何処かで聞いたことがある。
“動物は嫌いなものを見ると瞳孔が狭くなり、好きな物を見ると瞳孔が広くなる”
…と。
黒猫は瞳孔を狭くしてこちらを見ているので、俺は嫌いな分類になるようだ。
初対面でこんなにも嫌われているのだから、これ以上粘っても触れることが出来ないと思い、俺はそのまま学校に向かった。
まだ7時30分という早い時間。
朝練をしている部活生すら見かけることがない時間帯。
仁湖に早く会いたくて俺は、毎日このような早い時間に登校をしている。
今日もいつものように誰も見掛けることなく、教室まで辿り着くのだろうと思っていた矢先に、俺の視界に学生服を着た男が目に入った。
「……仁湖…。」
そう、俺の視界に入ったのは間違いなく仁湖だった。
後姿だろうと、俺が間違えるはずがない。
どうやら仁湖はまだ俺の存在に気が付いていないようだ。
靴箱に手を伸ばしている仁湖に、声を掛けようとしたのだが、…その瞬間、仁湖がこちらに顔を向けた。
「仁湖、」
「高瀬、…わ、早いな!おはよう!」
朝とは思えないような仁湖の元気そうな声に表情。
先程まではこんなに瞳孔も開いていなかったのだが、今では黒目をまん丸にして、俺を見ている。
………ん?
瞳孔が広く…、
『“動物は嫌いなものを見ると瞳孔が狭くなり、好きな物を見ると瞳孔が広くなる”』
俺は先程の言葉を瞬時に思い出してしまい、俺は自分でも分かるくらい、頬が熱くなるのを感じた。
「……勘弁してくれ…、」
可愛過ぎるんだよ…。抱き締めたい衝動を必死に抑えて、俺はもう一度仁湖を見る。
「へ?何が?」
そして未だ瞳孔を開いたままの仁湖は、口元に手を当てて顔を赤くしている俺を不思議そうに見ている。
「どうしたんだ、高瀬?」
「……俺も、仁湖のこと好きだ。」
「は…?え、…ば、ばか、…な、何だよ、いきなり…っ?!」
正直に自分の気持ちを告げると、仁湖も俺と同じように顔を真っ赤に染め上げた。
「……い、いきなり、…何、言ってんだよ…っ」
「…いや、俺も素直に伝えてみただけだ。」
「……ば、馬鹿、…い、意味分かんない…。」
早朝から公共の施設で男二人が頬を赤く染めているというのは、おかしな風景かもしれないが、そんなことなどどうでもいいくらい俺は幸せに浸っていたのだった。
言葉では嘘を付けるが、態度では嘘など付けない。
恥ずかしがり屋なお前から「好き」だと伝わってきて、俺はどうしようもないくらい嬉しかった。END
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