短編集 | ナノ

 いざ、参る!



いざ、参る!


一匹狼の不良×小心者の平凡





「恋は戦争」。そんなフレーズを何処かで聞いたことがある。それは正しいと思う。
幾多の作戦を練り、予め準備をする。そして見事女の子のハートを射抜けた者が勝利なのだ。もうこれは間違いなく戦だ。

そして俺は今決戦の場に立っている。


時刻は午前六時三十分。
場所は学校の下駄箱前。
俺は徹夜で考え抜き書き上げた、いわゆる恋文を持ってこの場に馳せ参じたというわけだ。


「………」

古典的な告白な仕方だとか、ロマンチックではないと思わないで欲しい。あの子への溢れんばかりの熱い思いをふんだんに詰め込み綴っているし、何より小心者の俺には恋文を使ってのこの告白の方がより思いを伝えやすいのだ。…口では緊張して上手く伝えられる自信ないし…。


よし!
後はこの恋文を想い人の靴箱に入れるだけだ!

やはりこの時間帯を選んで正解だったな。
こんな早い時間に生徒が居るわけもなく。クラスや校舎どころか俺のクラスとは下駄箱がある場所だって離れているあの子の靴箱前に俺なんかが居る所を目撃されたら、もう恥ずかしさとショックで学校になんか来れやしない。
早いところ入れてしまって、この場を去った方がいいだろう。


「……、」

緊張でおもわずゴクリと喉が鳴ってしまった。
俺は震える手を必死に動かし、想い人への靴箱に恋文を入れ込んだ。汚れないように、傷が付かないようにゆっくりと丁寧に…。


「…ふー」

後はこの場から立ち去るだけの簡単な事。
そして何事もなく平然と振る舞い、自分の教室まで行ければ、見事ミッションクリアだ。だからあの子にしかこの手紙の存在は知られないはず。靴箱前で「あの子にこの熱い気持ちが上手く伝わりますよーに」と、ボソボソと小さな声で言いながら、手と手を合わせてお辞儀をする。

その後予定通りに颯爽と立ち去ろうと回れ右をして足を一歩踏み出した瞬間…、


「……ッ、?!」

あるはずもない壁に俺はぶち当たってしまった。


「っ……」

そうだ。壁などあるはずがない。これは壁ではないのだ。いや壁であってほしかったのだけれど。ぶつかった衝撃で瞑ってしまった目を開ければ、まず視界に入ってきたのは俺が着ているのと同じ黒色の学ラン。

そう、俺がぶつかったのは壁ではなく人。
その事実だけで身体の体温が一気に下がったのが分かった。

身長が高いのであろう目の前の人物の顔を見るべく、恐る恐る視線を上げて行けば、その人物とバチッと視線がぶつかった。


「っ、うわ…?!」

そして俺は目の前の人物を見て上擦った悲鳴を上げる。
それは仕方のないことだろう。あまりの恐怖に滝の勢いの如く冷や汗が背を伝う。


「あばばばば…っ」

口からは言葉にもならない奇怪な声しか出ない。

だって…っ。
だって…!

俺がぶつかった相手はあの悪い意味で有名な鬼塚君だったのだから。


「……、」

な、なななな何で鬼塚君がここに…?!
何でこんな早い時間にここに…?!
何処から見られていたんだ?!もしかして全部?!恥ずかしい!
いやいやいや!それどころではない!
「目が合っただけで殺される」と噂されている人物に俺はぶつかってしまったぞ!!
も、ももももしかして殺されてしまうのか…?!


「………」

「ひっ!」


俺が丹精込めて書いた恋文を鬼塚君が手に取った。


嗚呼!
俺のばかばかばか!
いくら早い時間だからといって必ずしも誰も居ないわけじゃないじゃないか。何であの時、もっと周りに気を使わなかったんだ!……っ、でも今更後悔したところでもう遅い…。
一世一代であっただろう告白は失敗に終わってしまうのか…。もしかしたら俺の命すら終わってしまうのかもしれない。


「………、」


そ、そそそんなの嫌だ!

例え恋文作戦が終わったとしても、俺の恋がこのまま終わったわけではない!この恋文を鬼塚君に破り捨てられてしまっても、俺には想いを伝える口があるではないか。

何故か俺が想い人に宛てて書いた恋文の内容を、この場でじっくりと読み始めた鬼塚君から逃げるように俺は脱兎のごとく走り出した。



「はぁっ、はっ」


逃げるぞ!
逃げ切るぞ!
大丈夫、大丈夫。俺みたいな空気のように影の薄い奴、もう鬼塚君は忘れているはずだ。
想い人に書いた恋文はもう破り捨てられたかもしれないけれど、俺の身体が五体満足であればあの子に想いは伝えられるんだ!

だから大丈夫!


「逃げ切れるはず、……っ、?!」


そう自分に言い聞かせるように乱れた息のまま声に出したまさにその瞬間だった。グイッと乱暴に腕を後ろに引かれ、身体を壁に押し付けられた。


「い、たい」

「…逃げんな」


ひぃいいい!
悲鳴を声に出さず心の内で叫ぶだけで済んだ俺は凄いと思う。
だって、だって…っ。壁に身体を押し付けられたまま、俺が逃げないように顔の両横に逞しい腕を置く鬼塚君に俺は捕らえられてしまったのだから。


「あばばば…」

な、なななななんで…?
あ、もしかしてぶつかった癖に謝らずに逃げたのが気に喰わなかったのだろうか。いや、もしかしてそれ以前にぶつかったという時点で気に喰わなかったのかもしれない。


「お、にづか…君」

「……、」

「ぅ、ぁ」

「……これ」


これ、そう言って鬼塚君が差し出したのは拷問器具、……などではなく、俺が想い人宛てに書いた恋文だった。


「……あ、」

何でまだ持っているんだ?
もうとっくに破り捨てられるか、踏み付けられてゴミ同然になっていると思っていたのに。


「……本気か?」

「え……?」

「…本気で、好きなのか?」

「えっ、え……っ?」

な、なななんでそんなこと聞くの?!
あ、もしかしたら鬼塚君も俺と同じ人が好きなのかな?

…そうか。それなら全て納得が行く。
鬼塚君が俺が書いた恋文を読んだのも、逃げた俺を捕まえに来たのも、本気なのかと訊ねてきた意味も。


「……」

「どうなんだよ?」

低く重みのある声の主は、俺の返事を待っているらしい。

…何と答えるべきなのか。

もしここで本気だと答えれば、ボコボコに殴られてしまうのだろうか。…それは嫌だ。痛いのは絶対嫌だ。


「………」

でも、でも…!
この気持ちに嘘吐くのも絶対に嫌だ…!


「…す、…き」

「あ?」

「…ほ、本気ですよ!大好きなんです!愛してます!」

誰にも、あなたにも負けないくらいに。
ぜーぜーと息を荒げて自分の気持ちに嘘を吐かず言えば、すぐさま罵声が飛んでくるだろうと思ったのに、何故か鬼塚君が嬉しそうにふわりと笑った。


「……?」

「…そうか」

そして鬼塚君は俺が書いた恋文をそれはもう大事そうに扱い、ポケットに仕舞い込んだ。


「え、…?」

ちょっ、何でポケットに入れるの?返してくれないの?
疑問に思って鬼塚君の顔を覗き見れば、赤く頬を染めていることに気付いた。


「……俺も」

「え…?」

「お前の事、好きかもしれない…」


鬼塚君は甘さを含んだ声でそれだけを言って、その場から立ち去って行った。





「………」

残された俺は盛大に頭を悩まし、首を傾げた。



『俺も“お前の事”好きなのかもしれない』?


お前の事…?
え?俺?


「……え?」



そして俺の謎が解けたのは昨日の事だった。


俺が入れるべきだった恋文は一つ横の靴箱だった事。
俺が間違って恋文を入れた靴箱の持ち主が鬼塚君だった事。
そして恋文にあの子の名前を一つも入れずに、熱い想いを綴っていた事。


偶然が全て重なり合った出来事。
鬼塚君が言っていた意味を理解した瞬間、俺は人生で一番声を荒げて驚いていたと思う。


でも今更理解した所で遅い。
戦は俺が予期せぬタイミングで始まってしまったのだから。


……逃げ戦は有りですか?




END



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