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守りたい千慧瑠×甘えたい春


 東の空が段々と白み始めた明け方。ふと目が覚めた千慧瑠の視界に飛び込んで来たのは、隣で眠る春の顔だった。昨晩は廓の定休日であり、客を取らなかった彼女達は、遅くまで酒を飲んでいた。夜更かしを酒が手伝って、春は千慧瑠が起きた事に気付けないくらいに熟睡している。ちょっとした出来心で千慧瑠がその滑らかな頬に触れてみても、酔い潰れてしまっている春は起きる気配が無かった。
 喉が渇いている事に気が付いた千慧瑠は、取り敢えず何か飲もうと布団から這い出る。人肌に温まった布団に外気が滑り込み、早朝の空気が温度を奪う。ひやりとする足元。途端に離れてしまう温もりを、ほんの少しだけ名残惜しく思うのはきっと、彼女の温度に慣れてしまったからなのだろう。


「ん……ちぇ、る?」
「ああごめん、起こしてもうた?」
「…大丈夫、二度寝するから…。それにしても早起きだね」
「あー、まあ起きたというか、目が覚めたというか」


 どうやら春は、眠りながらも千慧瑠が隣に居ない事を素早く察したらしかった。ふわあ、と欠伸をひとつして、春は目を擦る。こうして見るとやはり子供みたいだ、と千慧瑠は思った。昨夜酒を飲んだ所為もあるのか春の寝起きの声は掠れている。まるで情事後みたいだと思ってしまったのは、自分の胸の内だけに秘めておこう。千慧瑠はそう、密やかに心の中で決めた。
 誤魔化しの為なのか、解いた綺麗な髪をくしゃりと掻き混ぜながら厨房へ向かおうと座敷に背を向ける千慧瑠。それを妨げるように春は、千慧瑠が羽織っている寝間着の裾をぎゅ、と掴んだ。置いて行かないで、と子供が親にせがむように、寝ぼけ眼のまま千慧瑠を引き止めたのである。


「…どーしたの、春ちゃん」
「どこ、行くの」
「水飲みに行くだけや」
「……一緒に行く」
「え?…ええけど、二度寝するんちゃうの?」
「やっぱりしない」


 だって、と消え入りそうな声で春は続ける。彼女の声は淡く揺れていた。「今寝たら、次に起きた時に千慧瑠が居なくなってる気が、するから」。伏せられた顔。長い髪が邪魔をして、表情を読み取らせてくれない。千慧瑠は春の柔らかい髪に、そっと触れた。


「…怖い夢でも見たん?」
「違う、けど、千慧瑠が隣に居ないって気付いた時、凄く寂しかった、の。だから不安で。ねえ、これからもわたしと一緒に居てくれるよね?」
「居るよ、ずっと。春ちゃんの隣に。身請けの話やって、絶対に受けへん。うちは何処へも行かへんよ」
「…約束だよ?」
「せやね、約束や」


 艶やかに笑む千慧瑠に応えるように、春は顔を上げて笑った。その微笑みは確かに、美しく綻ぶ花よりも愛らしかった。心の内に溢れ出てくる愛おしさが、千慧瑠の胸を甘く締め付ける。自分は彼女を本当に愛しているのだと、手に取った春の髪の一房に接吻を落とした。くすぐったそうに身悶えした春。彼女の中に渦巻いていた不安や切なさは、愛慕によっていつしか中和されていた。
 囀る小鳥の声。絡められるたおやかな指。障子越しに薄らと差し込んできた朝日に照らされたふたりは、優しいくちづけを交わした。




静寂








◎120717
優しい雰囲気を出したかったのですが失敗した感。ラブラブなちぇる春がすき。


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