dear dear

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「すべて分かっている」
 彼女が、今日まで都を出ることが出来なかったのはそのためだった。
 秘書官が説いたのは立派な国法の話。王族にはその身を守る義務がある。
 クレスツェンツが自ら指揮を執るため現地へ行きたいと願い出たのは、実を言えばこれが二度目だった。
 一度目は疫病の第二報があったころ。そのときは夫に直談判するのではなく貴族院にこの案を諮った。
 今日のように大雑把な人員のリストを作っただけではなく、現地へ行くにあたっての旅程、費用、活動予定、すべてを綿密にまとた。
 しかし結果は全会一致での反対だった。
 理由は「危険」の一言だ。彼女の議案はものの一時間で却下された。
 あれはただの現実逃避だ。この疫病は更に広がる――きっと誰もがそんな予感を抱えていた。
 けれど恐れの先立つ貴族たちは王とともに政(まつりごと)を与る立場にありながら、クレスツェンツの立場を楯に目を背けたのだ。
 中には本当に彼女の身を案じてくれた者もいよう。そんな貴族たちはクレスツェンツの要請に応じ、地方領から食料や物資を南部へ送ってくれている。
 彼らの言葉に宥められ、クレスツェンツは都にいて出来ることをしようと決めた。
 彼女が影響を及ぼせる人々は少なくない。動かせるものごとはたくさんある。
 それでいいのだと思った。でも、
 遠くで親友が求めてくれたのは、クレスツェンツ自身だった。
 きっとこんな手紙を書くわけにはいかないと相当に迷ったはずだ。
 彼は正しい。彼もクレスツェンツがどこにいて何をすべきなのか分かっている。だから悩んだと思う。
 それでも彼はクレスツェンツを呼んだ。
『ユニカを――』
 諦めてはいない。まだ彼は戦っているはず。「また」会おうと言ったのだ。
 大切なものだけをクレスツェンツに託すなんてあり得ない。
「分かっていながら、行くと言っているのか」
「その通りです、陛下」
「そなたは王妃の身分にありながら法を曲げようと言うのだぞ。許すわけにはいかぬ。関門通行の件ではない。そなたが王都を出ることをだ」

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