dear dear

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 死者数、罹患者数、三度目の報告の時点で、すでに計数不能。
 ほどなくして隣接するビーレ領邦で罹患者が確認されたという報告もクレスツェンツのもとへあがってきた。以後も疫病の勢いが衰える気配はなく、感染の範囲はじきにビーレ領邦の全域に及ぶだろう。
 クレスツェンツは王国全土の施療院に呼びかけ、薬と僧医を両領邦へ送るよう協力を仰いだ。
 アマリア以外の施療院はまだ彼女の権限で動かせる組織ではない。にもかかわらず、教会を通じた呼びかけに各地の施療院は呼応してくれた。
 しかし、これ以上クレスツェンツに何が出来るだろう。せめて最新の知識に明るいアマリアの僧医たちを連れて現地へ行くことが出来れば、具体的な治療や予防の対策を考えられるのに。
 広域に疫病が流行したとき、慣例として関門の封鎖が命じられる。人の動きを封じることで疫病と混乱を同時に抑え込むためだ。
 しかしビーレ領邦への感染の広がりが封じ込めの失敗を告げている。それでも関門の封鎖は解かれず、情報の伝達と物資の輸送を邪魔するばかりだ。
 クレスツェンツは、関門の封鎖制限を緩和し、せめて必要な人員と物品の通行を円滑に行えるようにすべきと王に書面で訴えているが、なぜか返答がなかった。
 疫病発生の報告があってから互いに忙しく、ここ最近はろくに顔を合わせていないのが痛い。これくらいの相談ごと、顔を合わせて話し合えばすぐに解決するものを。
 夫のもとを訪ねたいのは山々だったが、クレスツェンツが直接会い、協力を仰ぎ、指示を出し、報告を聞かねばならない人物は大勢いた。
 どの人物と優先して会うかは、あらかじめ秘書官に伝えてあった。しかし今日、重大なミスが発覚する。激高したクレスツェンツは初めて臣下を殴った。
 彼女はその興奮が冷めやらぬうちに真っ先に会うべき人物を待たせていた部屋へ駆け込んだ。
「エリーアス! すまぬ、気づくのが遅れた」
 椅子に腰掛けていた青年はすかさず立ち上がりクレスツェンツを睨みつけてきた。
「大丈夫か、顔色が悪い」
「そりゃあ悪くもなりますよ。都へ入るのに三日、城へ入るのに二日も待たされました。こんなときに……何のためにペシラから飛ばしてきたと思ってる」
 エリーアスはクレスツェンツに続いて怖ず怖ずと入室してきた秘書官をちらりと、けれど鋭く見遣りながら言った。扇で激しく打ち据えられたその秘書官は頬を真っ赤に腫らしている。

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