dear dear

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 彼女はエリーアスが運んできたオーラフからの報告書や、アマリア市外の施療院長、高僧からの手紙を広げつつ、頬杖をついてすっかり寛いだ様子のエリーアスをちらりと睨んだ。
 彼の役目は教会内での伝令。主に僧侶同士の書簡や情報のやりとりを仲介する。
 教会と深い関わりのあるクレスツェンツのもとへもしょっちゅう手紙のお使いを頼まれてくるエリーアスだったが、いくら王妃が許したとはいえ、そして私的な会談の部屋へ招き入れられたとはいえ、こんなに締まりのない態度を取っているのはおかしかった。普段の彼なら形式だけはきちっと守る。
 つまり、今日のエリーアスは挙動不審な状態だった。わざと寛いだ顔をしているのだ。裏を返せば緊張しているということだ。
「エリー、アヒムからわたくし宛ての手紙は預かっていないのか?」
「や、預かってません。だってあいつ、げほごほいいながら寝てる病人だし、起き上がろうとしてたのを阻止したので」
「ほう。では何か言伝は」
「王子さまともども身体に気をつけてくださいね、とかふざけたことを言っていました。自分が熱出しながら」
「なるほど。確かにふざけている。ところでなぜ先にそれを言わない?」
 先ほどのアヒムの近況についてもそうだ。エリーアスが施療院の話ばかりしたがるので、クレスツェンツから「そういえばアヒムは……」と話を切り出したのだった。
 指摘されて、砂糖菓子に手を伸ばしていたエリーアスの動きがぴたりと止まった。
「エリー、伝言を届けるのがそなたの仕事であろう。アヒムから何か言われているな? なんなのだ。隠さずに言え」
 ペンをひとまず脇によけつつ、クレスツェンツは爪でテーブルを叩いた。
 エリーアスとて人の子だ。いくら職務とはいえ、任された伝言が気の進まない内容であったら伝えるのを躊躇いもするだろう。
 まして友人でもあり身内でもあるアヒムから、同じほど親しく付き合う王妃への伝言となると、エリーアス個人の感情が揺れ動くことだってあるはず。
 だからこうして急かすのは可哀想だと思うが、今この瞬間、アヒムとクレスツェンツを繋いでいるのはエリーアスなのだ。彼の口を借りることでしかアヒムの言葉を聞けない。
 本当なら、伝言などすっ飛ばしてすぐにでもイシュテン伯爵家へ見舞いに行きたかった。しかしクレスツェンツは未だ産後の休養に努める身であり、ひとりの学生、もしくはひとりの僧侶に過ぎないアヒムを見舞うのは王族としてやってはけないことなのだ。

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