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ディア・ディアT 最後に交わした言葉はなんだっただろう。
別れが突然だとは思っていなかったから、何気なく声をかけて、きっとそれきり。
* * *
当代の国王が妃を迎えるのは二度目だった。
玉座の隣に就いた新王妃の名は、クレスツェンツ・アンニ・ニグブル。
他界した国王の先妻、リリーマルテ妃の姪にあたる姫君である。
王家の血統を守る七公家のひとつ、エルツェ公爵家の長女で、輿入れしたのは二十歳のとき。
溌剌とした笑みを誰彼なしに振りまく異色の王妃は、大いに貴族たちを戸惑わせた。
さらには姫君時代からグレディ大教会堂の施療院に出入りしていたという、これまた異色の経歴の持ち主でもあり、アマリア城内の民衆には姿も名も知られていた。そのため、彼女の婚礼は貴族よりも市井の人々が盛大に祝ったという。
年相応に屈託のない笑顔と、王族の自覚が醸し出す威厳。相反するふたつの顔を使い分け、新王妃は見る間に社交界の頂点の座を確固たるものにした。
そればかりか、彼女は国王とともに貴族院の議会にも出席し法案を提示するほどの発言権を獲得していった。
王妃がその座に就いてからの四年間に成立させた国法はふたつ。
グレディ大教会堂管轄下にあるアマリア施療院(支院ふたつと各所の出先診療所を含む)の活動資金の一部を国庫が負担すること。そして疫病発生時、国王から委任があった場合は施療院が治療と検疫の拠点となることを定めた法である。
いずれも、季節ごとにアマリアで横行する感冒や赤痢の収束に施療院が貢献したことを認められての法制定で、特に後者の新法はシヴィロ王国における衛生行政の嚆矢となった。
年若く、いかにも未熟な王妃がこれほど政治に参加することが出来たのは、明君として政(まつりごと)を統べる国王が、常に彼女に手を差し伸べて隣に座らせ、共同統治者として認める姿勢を示し続けたからだろう。
民の幸福を願うという点で二人の理想は一致しており、王妃は国王に教え導かれながら、夫の政を支えることにも努めた。
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