dear dear

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     * * *

「クルマン先生、アヒムはどこへ行ったかご存知ありませんか?」
 調合室では、数人の町医者と僧医が夕食とともに患者たちに出す薬を調合しているところだった。邪魔をしてしまったなとクレスツェンツは後悔したが、呼ばれた町医者は気を悪くした様子もなく、え笑いながら顔を上げる。
「仮眠室ですよ」
「ありがとうございます」
 簡潔にやり取りを済ませると、クレスツェンツはエプロンを翻して調合室を離れた。
 アヒムはまた眠たそうな顔をして施療院へやって来たのだろう。大学院は進級試験の時期らしく、アヒムは講義を済ませたあと施療院を手伝いに来て、寮へ戻ってからまた勉強に勤しんでいる。
 勉強が大変なときくらい、こちらの手伝いは休んでもいいのに。
 けれどクレスツェンツの残り時間のことを思うと、毎日少しずつでも話が出来たのは嬉しいことだった。
 医師のための仮眠室でアヒムはぐっすりと寝入っていた。小一時間ほどしたら目を覚まして、夕刻の薬の配布や記録を手伝うつもりなのだ。
 でも、クレスツェンツはアヒムが目を覚ますまで待っていられない。もうじき兄が迎えの馬車を寄越してくる。
 クレスツェンツはどうしてもこの友人と話をしたかったのだが、寝不足で青白くなった顔色を見ると揺り起こすのは忍びなくなった。代わりに彼女は寝台の傍に屈み込み、頬杖をついてアヒムの寝顔を眺める。
 形のよい眉。少し隈の浮いた目許。頬。唇を、視線と一緒に指で撫でる。
 正しくて生意気で憎たらしいことばかり言う唇だ。でも、ただの少女でしかなかったクレスツェンツを変えていったのは、紛れもなくこの唇から発せられた言葉の数々。
 昨日、王家からの使いがエルツェ家へやって来た。王が進めようと言った婚約の話がいよいよ具体的に動き出すのだ。明日から少なくともひと月の間は、輿入れの準備で忙殺されることになるだろう。
 そのことを告げたくて、クレスツェンツはアヒムに会いに来たのだけれど。
「馬鹿め、こんなときになんで寝ている……」
 婚約の話を告げたら、アヒムはどんな顔をするだろう。祝福し、送り出してくれる? クレスツェンツが施療院へ戻ってくるのを待っていると言ってくれる? それとも、少しは寂しそうな顔をしてくれるだろうか。あるいは顔に出さなくても、心のどこかでそう思ってくれる?

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