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迷わない強さをT 王妃になるという話は、冗談ではなかったのだなあ。
数年前から分かっていたというのに、いかに実感がなかったかをクレスツェンツは今更思い知っていた。
王城で別れた王の顔を思い出す。あの方が、ようやくクレスツェンツを妻に迎える気になったのだ。長いこと話は膠着していたのに、突然、いったい、なぜ。
会談からひと月近くが経った。王の行幸は間近に迫り、施療院の中はどこかそわそわしている。
やって来るのが王だと知っているのは上層部の僧侶数人だけだが、その筆頭であるオーラフが珍しく緊張した様子なので、ほかの僧医や手伝いに来てくれている市民たちも「これは何かあるぞ」と勘づいているのだ。
一方クレスツェンツはというと、気を抜けば上の空になることが多くなっていた。とりとめもなく王城での王との会話を思い出す。
冷ややかな目、けれど届いた願い。婚約。
彼女が我に返ったときには、二つ重ねて棚に押し上げていた薬草箱の上の箱がずるりと滑っていた。顔の上に落ちてくる――とっさに目をつむったが、痛くもないし、薬草をぶちまけた気配もない。
恐る恐る瞼を持ち上げると、アヒムの手が箱を受け止めていた。いつの間にか背後に立っていた彼は、そのまま二つの箱を棚に押し込んでくれる。
「高いところに箱を入れるならちゃんと踏み台に登って下さい。危ないでしょう」
「ご、ごめん。ありがとう」
「……また、何かお悩みですか」
自身も薬草の詰まった箱を抱えたまま、アヒムは憮然と言った。
クレスツェンツはぐっと息を呑む。彼女の様子がおかしいことに、この敏い友人が気づかないはずはないか。
しかしアヒムに婚約の話を打ち分けるわけにはいかなかった。何しろ、まだ「話を進めよう」と王が言っただけで、それ以来、新しい情報はクレスツェンツのもとに届いていないのだから。
「……そりゃあ、いろいろあるとも」
オーラフにも、ナタリエにも話していない。彼らやアヒムに打ち明けることが出来れば、胸を占めるこの靄を吹き払えるのかもしれないが……。
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