dear dear

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 クレスツェンツの願いに、王はまず問いで答えた。
 医官は王城や各官庁、行政施設にしか常駐しない。なぜか分かるか、と。
 クレスツェンツには答えが分からず、思わずナタリエに助勢を求める視線を送った。
『姫に訊いている』
 特別冷たい口調でもなかったのに、クレスツェンツはまるで氷で背中を撫でられたような心地になった。
『分かりません』
 蒼白になりながらも、やっとのことでクレスツェンツは答える。
 もしかして王の不興を買ったのだろうか。王の半歩後ろで兄が顔を顰めている。王は変わらずの無表情。せめて、不快感でも示してくれればいいのに。
『医官は、王族と官吏、そして行政機能の維持に必要な人員のために存在する。庶民に医療を施すことは、彼らの職務ではない』
 つまり、まったく違う目的で医療を行う施療院や民間医と、官制医師は行動をともにしない――と言外にほのめかし、王は無駄のない所作でクレスツェンツに背を向けた。
 兄の非難がましい視線より、その大きな背中を見送ることのほうが辛かった。
「はぁ…………ぅぅぅぅ……」
 政治の知識などろくにないのに口を挟んだ自分をひたすら呪う。
 あれでは何も知らない小娘がわがままを言っただけではないか。その身をもってこの国を守る王がそんな言葉をいちいち聞いてくれるはずがない。だからナタリエとオーラフは、様々な根拠を携えて交流の必要性を説きにやって来たのに。
「そう落ち込む必要はありません、姫さま。さ、着きました。お茶でひと息ついて行かれませんか」
 カーテンにすがりついて涙をぬぐっていたクレスツェンツは、オーラフが何を根拠にそう言うのか分からず素直に喜ぶことが出来なかった。
 余計なことをした自分が恥ずかしくて早く帰りたい。帰って机の下にもぐっていたい。
 しかしオーラフに誘われたナタリエがにこにこしながら馬車を降りていってしまったので、彼女を置いて帰るわけにもいかず、クレスツェンツは渋々ふたりのあとを追った。
 事務室に行く途中、ひとりの中年の男とすれ違う。僧侶のようなローブを着ているが、深い臙脂色の仕立ては僧侶のものではない。
 彼はオーラフに向けてお辞儀をし、その後ろにいたナタリエとクレスツェンツにもにこやかに笑いかけて去っていった。
「彼らとは上手くいっていますか?」

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