dear dear

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 そうですかと穏やかに相槌を打ち、アヒムに向き直る。
「アヒム。私は今から出かけるので、先に渡しておくよ。子爵によろしく」
「はい」
 僧侶から友人へと手渡された書簡を見て、クレスツェンツは少しだけ目を輝かせた。
「上手くいっていますか?」
「今のところ、個人的なお手紙くらいは」
「ナタリエ様をここにお招きするのは、やはり無理でしょうか?」
「子爵も医官としてここを見学したいとおっしゃってくれているのですが、こちらの院長も、子爵の上官も、交流には慎重です。いたし方ないこととは思いますが」
 アヒムがオーラフから渡されたのは、女性ながら爵位を与えられ、王家の医師として城に勤めるヘルツォーク女子爵に宛てた手紙だった。彼女は医官として王家に仕える傍ら、医薬の教師として大学院でアヒムらを教えている。ゆえにアヒムが書簡を預けられたりする。
 しかしオーラフとヘルツォーク女子爵の間を取り持ったのは、ほかならぬクレスツェンツだった。
 きっかけはアヒムとオーラフが大学院の講義について話していたことである。
 講義で聞いた病の治療の考え方と、施療院で実践されている治療の考え方はずいぶん違うのだと。興味を持ったオーラフが、自分もその講義を聞いてみたいが官制の医師たちとは交流がないので残念だ、そうぼやいていたのを、クレスツェンツが聞きつけた。
 そして彼女はあっさりと医官――かねてから憧れていたヘルツォーク女子爵に接触を図り、ほとんど面識のなかった子爵に施療院への興味を抱かせ、オーラフを紹介したのである。
 施療院にいるほかの誰にも真似出来ない。行動の素早さといい、面識のない医官に声をかけられる大胆さといい、そしてその医官に施療院を見せてみようという発想といい。外からやって来て自分の意思で自由に行動しているクレスツェンツだからこそ出来ることだ。
 思い出して感心するアヒムの隣で、当の彼女は不満そうに眉根を寄せた。
「何を慎重になることがあるのですか。お互いの知識を交換できてよい刺激になるのに。だいたい、興味は持っているはずです。学生を見学に寄越すもの」
「確かに。しかし深い知識の交換は嫌なのですよ。残念ながら渋る気持ちは分からなくもありません。知識とは財産ですからね。公開されるほど価値がなくなるものなのです」
「なぜですか? 皆の役に立ってこそ価値があるものだと、特に医薬の知識に関しては、わたくしはそう思うのですが」

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