dear dear

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 ガラーン、ガラーンと、大鐘楼から重厚な鐘の音が王都中に響き渡る。
 朝食を配る僧医や手伝いの街の女たちが、クレスツェンツを避けることもなく次々と通り過ぎていく。彼女らは王妃が久しぶりにここへやって来たことも知らずに、患者たちのもとへ柔らかい粥を運んだり、小さく切った果物を食べさせたりしていた。
 朝の陽光が射し込む施療院の大部屋の中だ。夏の厳しい暑さは通り過ぎ、換気のために開けた窓から爽やかな風が入ってくる。寝台の上で朝食を摂る患者たちの顔色は、ここ数ヶ月のクレスツェンツより遙かによかった。
 食事を終えた患者たちの食器を下げるトレーの上には、不思議な形に折られた白い紙が乗っていた。せわしなく行き来する女たちの手許をよく観察してみるが、だいたいどのトレーにもその紙は乗っているようだ。しかし形までは確認出来ない。
 あれはなんだろう。気になったクレスツェンツは、いつも食事どきの手伝いに来てくれていた近くの商店の女将のあとをついて行った。
 彼女は食器を厨房に運ぶと、隅に置いてあった籠の中へその白い紙を放り入れる。手に取ることは出来なかったが、クレスツェンツは籠の中身を見てピンときた。
 これは食事と一緒に患者に配られる薬の包み紙だ。それを花の形に折ってあるらしかった。どうやら、薬を処方されたひとりひとりがその紙で花を折っているらしい。
「それじゃあ、あたしはそろそろ失礼しますよ。お花、祭壇に持って行っておきますからね」
 あらかた食事の片付けを終えた厨房を見渡し、女将がそう言った。ほかの手伝いの女たちが「はぁい」と元気のよい返事をする。
 女将は籠を持って施療院を出る。クレスツェンツは再び彼女のあとをつけた。
 女将はまっすぐに大教会堂へと入って行った。庶民の祈りの時間は終わっており、広い広い聖堂の中では数名の僧侶が祭壇に奉った供物を下げていた。
 女将は僧侶の一人に声をかけてから、彼の案内のもと、祭壇に向かって左手へと進路を変える。
 これは解せない。天の主神を祀る祭壇は聖堂へ入って真正面にある。女将は紙の花を「祭壇に持って行く」と言っていたはずだが。
 やがて彼女が立ち止まったのは、ある天井画の真下。
 見上げれば、そこにいるのは天の主神の第十番目の娘。救療(くりょう)を司る女神ユーニキアだった。女神の真下には、小さな祭壇がこしらえてあった。

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