dear dear

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 クレスツェンツも夫の肩に腕を回した。さらさらした髪も撫でると、ひんやりとした髪留めに指が触れる。一昨日、クレスツェンツが贈ったものを着けてきてくれたのだ。
 嬉しくて、ふっと笑いがもれた。
 しかし嬉しいばかりでもない。目の前にある夫の顔があまりにもしょげているので、やっぱり胸がちくりと痛む。
 お詫びと慰めの心をこめて、クレスツェンツは夫に口づけた。
 唇を押しつけると、向こうからも微かに押し返してくる。いつもなら口髭が唇の周りを撫でる感触がくすぐったいと文句をつけてやるところだが、今はただ愛おしかった。
「痩せたかとは思っていた」
 何度か口づけを交わして、額がくっつくか離れるかというところまで距離を置く。すると夫はかすれた声でそう言った。
「このごろは共寝の機会もなかったからな、確信がなかったが。そなたは気を遣われるのを厭うであろうし、余の助力が必要なときは声をかけてくる。何も言わぬということは、見守っておけばよいということだろうと。……そうではなかった」
 オーラフと同様に、夫の声もまた、自分を責めていた。それは違うと言う代わりにクレスツェンツは彼の肩に顔を埋め、背中へ腕を回して夫を抱きしめる。
「わたくしも、五年前は陛下のお身体の異変に少しも気づいておりませんでした。あのときはどうして打ち明けてくれなかったのかと思っておりましたが、今なら陛下のお気持ちが分かります」
 ユニカの血に頼るほどだ。きっと、夫の身体は差し迫った状態だったに違いない。
 けれど夫は誰にも何も言わず、疫病で混乱するアマリアと、疫病が蔓延した王国南部を除く地域≠フ統御をやりきった。
 疫病の恐怖と混乱が王都より北の地域にも伝播していれば、いくらクレスツェンツが要請しようと王国北半の貴族領主や教会組織から支援物資が届くことはなかっただろう。
 彼らが冷静さを保てるよう情報を操作し、また民が浮き足立たぬように計らえと命令を出したのは、ほかならぬ夫だった。
 そしてクレスツェンツがビーレ領邦へ赴いたことで、結果として、二人は状況の違うそれぞれの場所を分担して治めることになったのだ。
 五年前のあの日、夫は王都を出ようとするクレスツェンツを止めた。でも止めなかったとも言える。

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