dear dear

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V


 次に目を覚ましたとき、クレスツェンツが一番初めに顔を見たのはオーラフだった。
 彼はいたましげにクレスツェンツを見下ろしていて、彼女が目を開けると、一緒になって二度三度と大きく瞬いた。そして大袈裟に驚き、寝台の縁に飛びついてくる。
「王妃さま!」
「やあ院長」
「やあ、ではありません!」
 泣きそうな顔をしてひとつ怒鳴ると、彼はざっと身を翻して何ごとかを喚いている。
 すると天蓋の陰からわらわらと人が――医官や侍女や、兄とその妻たちが現れ、寝乱れたクレスツェンツの姿を見て歓声を上げたり、泣き出したり怒ったりした。
 口々に何か言っているのでひとつも聞き取れないし、大変うるさい。
 耳を塞ぐなり彼らに背を向けるなりしたかったのだが、腕も身体も重たくて叶わない。
 そしてその身体の怠さがいろいろと思い出させてくれた。
(血を吐いたか……)
 何人に見られた? 素早く記憶を振り返る。エリュゼと、あの部屋を守っていた近衛兵と、当然騒ぎになって食事の席にいた夫や給仕の侍官たちも気づいただろう。そして医官が呼ばれ、兄とオーラフに報せがいき……これはまずい。
「わたくしが倒れてから何日経った」
 診察しようと近づいてきた医官に問えば、彼は安堵にゆるんだ表情で答えてくれた。
「王妃さまがお倒れになったのは昨夕のことでございます。まだ正午の鐘が鳴っておりませんので、さほど時は過ぎておりません。お目覚めくださって本当にようございました」
 脈をとられながら、クレスツェンツはほっと息を吐いた。
 そうか。それならまだ、自分が倒れたことは隠し通せているだろう。
 侍官や医官、兵士たちは夫からじかに口止めされているだろうし、優先してクレスツェンツの体調を知らされるはずのないオーラフがここにいるのは、恐らく施療院の事業に協力的な義姉が教えたからだ。
 だったら、さほど大きな騒ぎにはなっていまい。
「腹に穴を空けるほど働くことはないと思いますがね、王妃さま」
「そう思われるのなら、わたくしが議会に出席することをしゃしゃり出る≠ニ表現するあの連中に、もっと露骨な圧力をかけてくださいませんか、エルツェ公爵。憂えることがありすぎて血など吐く羽目になったのです」

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