dear dear

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 しかし、自分は王妃で、夫は国王で、自分たちの関係は夫婦であると同時に共同統治者だ。難しい問題について決めるためには、意見を突き合わせねばならないこともままある。
 それが、今はちょっとだけ憂鬱。妻のわがままと思ってきいてくれればいいのにと甘えたい気持ちがあった。
「その髪留めですが、」
 夫にエスコートされて席に着き、夫も自分の椅子に落ち着いたところで、クレスツェンツはおもむろに切り出した。
「ユニカに教わりながら編んだのですよ。あの子はそういう手仕事が得意ですから」
 杯に葡萄酒が注がれるのを見ていた夫はわずかに顔を上げた。上目遣いにクレスツェンツを見つめる視線には、隠しようもない苦々しいものが滲んでいる。
「細々とではありますが、わたくしが貴族として最低限の教育を施しておりますし、きちんとした教師を用意すればもっといろいろなことが出来るようになる子です。お願いした養女の件はまだ無理にしろ、おおやけに名乗れる身分を与えて、社交の場に出してやりたいのですが……」
「あの娘がこの王城に在る経緯をどのようにして明かす? 病地から連れ帰った『天槍の娘』と言えるのか?」
「出自の怪しい貴族の子弟はいくらでもいることです。七公家のいずれかの傍系……とでも言えば……なんならわたくしの実家の縁者であることにしても」
「娘はグラウン家の縁者であると、明確な記録が教会に残されておる。抹消を依頼するにはそれだけの対価が必要となるのだぞ。それはどうするつもりだ」
「でしたらやはり、ビーレ領邦から連れ帰った娘であると公表すればよいでしょう。聞けば公国では、五年前の疫病を鎮めたのはあの子が天から招いた神々の槍だと言われているとか。そうした神性をユニカに与えるのも悪い方法では――」
「クレスツェンツ」
 出来るだけにこやかに、重苦しい話にならないようにと無理矢理浮かべていた笑みがクレスツェンツの頬から削げ落ちる。
 仮面のような無表情で向き合う二人の前に、それぞれ前菜の皿が運ばれてきた。給仕の召使いが音もなく主君たちから遠ざかると、夫は絞り出すような溜息をついた。
「そなたらしくもないやり方を」
「……わたくしらしいとは、どういうやり方のことです? わたくしは地道にユニカに教養を身につけさせ、外へ出して育てようとしています。そのために正規の手続きを経てあの子を養女に迎えたいと陛下にご相談しました。それではいけませんか? わたくしらしくはありませんか?」

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