天槍のユニカ



相続(21)

 何通もの書簡の差出人を確認していると、その中にエイルリヒの紋章である大公家の獅子と紅薔薇を見つけ、ディルクは迷わずその封を一番に切った。
 しばらく目を滑らせたあと、砦将が斜め向かいの席に座っていたことも忘れて口の端を吊り上げる。
「何やらよい報せのようですね」
「ああ。吉凶は関係ないが、まあよい報せだ。今年の公国との行軍訓練の日取りが決まった」
「ほう、恒例の訓練ですな。今年はもちろん殿下が指揮を執られるのでしょう。ぜひお供して、殿下の腕前を拝見したいものです」
 砦将のその言葉にはほんの小さな棘が混じっていたが、気づかなかったことにして適当に受け流す。
 砦将も、ディルクが王族というよりは騎士として育ったことを知っており、また、この二年――いや、三年近く戦から離れていたことも知っている。兵を指揮する勘を失っているのではないかと遠回しに揶揄してきたのだ。
 だが、戦歴の一覧を作れば、周辺国と長い間戦をしていないシヴィロの将軍である彼より、資源をめぐって隣国と戦い続けているウゼロで育ったディルクの方が、遙かに多くの戦を経験している。心配してもらう必要はない。
「私も楽しみだ。シヴィロの兵と上手く息を合わせられればいいが」
 舐められているな、ということが分かっても機嫌のよい顔をしていられたのは、くだんの行軍訓練の日取りがディルクにとって都合のよい時期だったからである。
 四月の中頃。
 先日、カイが相談にやって来たユニカのゼートレーネ行きの日程と同じ。
 訓練が行われるのはシヴィロ王国とウゼロ公国の国境をまたぐ地域、つまり、レゼンテル領邦の西の端だ。
 新領地の視察に行かなければいけないのはディルクも同じだったので、それにかこつけてユニカの旅に同行か合流かをしようと企んでいたが、これでレゼンテル領邦へ向かうれっきとした口実が出来た。しかも、ディルクが設定したわけではないので、誰にとはいわないが怪しまれることもない。
 加えて、訓練にはエイルリヒも参加するそうだ。文面を見たところまったく乗り気ではなさそうだが、大公の継嗣を名乗るにあたって軍事に関わらないことは不可能なのだ。
 このあたりで彼と顔を合わせておけるのはありがたい。
 また忙しくなりそうだ。そう思いつつ、ディルクは満足げに便箋を閉じた。






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