天槍のユニカ



目醒めの儀式(1)

第1話 目醒めの儀式


 春めく陽射しはまるでディルクの目の前にいる二人のために天から降り注いでいるかのようだった。
 少しのうらやましさのようなものもあるが、彼らを見つめるディルクの心中も陽射しのごとく穏やかである。
「このように早くお暇を頂戴することになり申し訳ございません、殿下」
「めでたいことなのだから謝る必要などない。しかし惜しいとは思っているよ。君は気遣いの出来る女性だった。いい花嫁になるだろう」
 ディルクがそう言うと、隣に立つ若い近衛騎士と顔を見合わせるのは侍女のクリスタだった。
 近衛の中に彼女の婚約者がいることは知っていたし、二人とも適齢期なのでクリスタが侍女を務めてくれるのはごく短い間だろうと予想はしていた。そしてやはり、二人の結婚の日取りが決まったということで、今日は二人そろってクリスタの暇乞いにやって来たのだった。
 クリスタはディルクが王城に入った日、「この中から傍付きの者を選ぶように」と紹介された娘達の一人で、幼馴染みと同じ名前だからという理由で選んだに過ぎない。侍官として勤めた経験もない良家のお嬢様で初めはなににつけてももたもたしていたが、根が素直で明るい性格だったので仕事もディルクの嗜好や諸々のこだわりもすぐに覚えてくれた。
 彼女のある意味でものごとに頓着しない質に頼り、ディルクの許に滞在していたユニカの世話を任せたのも記憶に新しい。クリスタは『天槍の娘』に怯えることも奇異の目を向けることもなくユニカに接してくれた。こういう人材は貴重だ。
「侍官の任は解くことになるが、社交の場では顔を合わせることもあるだろう。その時はよろしく頼むよ。私の友人として」
「もったいないお言葉ですわ」
「それから、以前に私のところで数日預かったエルツェ家の姫君≠フことを覚えているか?」
「ええ、もちろん」
 あえてユニカに与えられた新しい身分を口にすると、クリスタと彼女の婚約者はちらりと視線を交わし合った。
「彼女も、いろいろと曰くつきながら今後は社交界に出ざるを得ないだろう。私のついでで構わないから、彼女とも友人として付き合ってもらえないだろうか」

- 938 -


[しおりをはさむ]