天槍のユニカ



レセプション(4)

「これは母君のことにけじめをつける最後の機会です」
「知ってるよ」
 ディルクは静かに呟き、弟の手を払いのけた。

     * * *

 温室へ続く柱廊(コロネード)を歩く間、ユニカは侍女たちがそわそわしているのに気づいていた。
 彼女らはひそひそと何ごとかを話し合い笑っている。そういう声ほど耳に入りやすい。
「楽しそうね。今日は表で何かあるの?」
 彼女らが騒ぐもっぱらの原因は、ユニカが暮らす王城の最奥で起こることではなく、権謀が渦巻く政治の舞台や貴族の子弟、流行のお芝居についてだった。そして今日、彼女達が可愛らしくさえずるのは、王城の内郭、外郭のそれぞれの様子。加えて名だたる大臣の名前ばかりだ。今日のネタは城内で行われる行事についてに違いない。
 ユニカが突然振り返ったものだから、彼女らはさっと青ざめて頭を垂れた。
「も、申し訳……」
「何かあるのと聞いているのよ」
「はい、あの、本日はウゼロ公国からの使節団がご到着の日で、」
「ウゼロの。ああ、そういえばクヴェン殿下が亡くなったのだったわね」
 ユニカにとってはどうでもよいことだったので、このところ娯楽を自粛していた理由を忘れかけていた。
 シヴィロ王国の世継ぎであったクヴェン王子の葬儀から、早ひと月半。王国はその間喪に服し、貴族院の議会にて、典範に則りウゼロ大公の長子を世継ぎとして迎えることが決定した。
 公子は確か二十一歳。なるほど若い娘たちが騒ぐはずである。
「いつご到着なの?」
「午前のうちにはと伺っております。そろそろご到着かも……」
 ユニカが読書のために向かおうとしている温室は、王家の私的空間の中でも表≠ノ近い。温室は広く、中には四阿(あずまや)もあるので、王が近臣をそこへ招き密談することもある。
 しかし、ウゼロの公子を迎えるにあたっては種々の儀式がある。いずれは公子も温室に出入りするだろうが、今日はここにいても姿を見ることなど出来まい。
 しかし貴族の子女である侍女たちは、自分や家の地位を高める機会を常に窺い、手っとり早く高位の貴族の子弟に気に入られるのが仕事のように思っている。若いウゼロの公子、そしてシヴィロ王家にこれから入るというお人の目に留まれば王妃の座とて夢ではないと期待してしまうのだろう。

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