天槍のユニカ



夜の片隅で(8)

 その中で最も年長と思しきひとりがすっと立ち上がり、白いレースの扇を閉じてお辞儀をしてきた。他の三人もそれに倣う。
 彼女たちはユニカにもちらりと視線を向けたが、まるでそこにいない者であるかのように顔を背け、すぐにレオノーレに向け愛想の良い微笑みを作る。
「おめでとう。素晴らしい宴ね、楽しんでいるかしら」
 対して、レオノーレはまったくの無表情だった。口にした挨拶も形ばかりという印象の響き。その素っ気なさに、年長の貴婦人はともかく、彼女の後ろに並んだ女たちは笑みを保てず眉を顰めた。
「あけましておめでとうございます、公女さま。はい、勿論ですとも。良い年の訪れを、神々と国王陛下に感謝しております」
「そう、それは良かったわ。ねえところで、ユニカ様のご気分が悪くて、座るところを探しているのよ。あなたがたの席を譲って下さらない?」
 更に強く腕を引き寄せられながら、ユニカはぎょっとして目を瞠った。先方も驚いたようだが、彼女たちの眼差しは一斉に刺々しい光を帯びてユニカに突き刺さる。
「ええ、喜んで」
 さしもの貴婦人も、笑みが引き攣る。しかし彼女たちには、席を譲るほかにどうすることも出来ないのだろう。相手はウゼロ公国の公女、そして王族として紹介されたばかりのユニカ、亡き王妃の義姉・エルツェ公爵夫人、プラネルト女伯爵。
 堂々と己の身分を振りかざし、椅子を一度に四つも奪い取ったレオノーレはご満悦だった。渋々立ち去る女たちには目もくれず、通りすがった召使いを呼び寄せて酒杯を持ってこいと命じている。
 これが貴族の間の常識なのだろうか。あたりの視線が自分たちに集まるのを背中で感じながら、ユニカは一緒に椅子を得たエルツェ公爵夫人を窺う。するとユニカの視線に気づいた彼女は、小さく首を振った。何を否定したのか分からないが、少々呆れた様子だ。
「お酒はお好き? シヴィロ王国の葡萄酒は味がいいと公国でも評判ですの。さっき頂いたけど、今日振る舞われているものもとても美味しいわ。どうぞ?」
 苦手です、とも言えずに、ユニカはグラスを受け取るしかなかった。
「さっきご挨拶したところですけれど、改めまして。ウゼロ大公エッカルトの娘、レオノーレと申します。ディルクの――王太子殿下の一つ下の妹よ。ところで、さっきからついてくるあなたは誰? こちらは分かるのよ、エルツェ公爵夫人」
 ヘルミーネが会釈する隣で、エリュゼがわずかに背筋を伸ばす。レオノーレは緊張した面持ちの彼女をじろじろと見つめ、その胸元にあしらわれたプラネルト伯爵家の紋章を見つけて首を傾げた。
「覚えのない紋ね?」
「プラネルト伯爵、エリュゼと申します」
「伯爵? あなたが?」
「衰門の名でございますので、殿下がご存じないのも無理からぬことと……」
「そうじゃなくて、貴女が爵位を持っているのかと訊いているのよ。あたしと歳も近そうじゃない。ふぅん? シヴィロには爵位を持つ女なんてほとんどいないと聞いていたけれど、まさかその希少種に会えるとはね」

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