天槍のユニカ



見つけるために(11)

 待ち構えていたディディエンにドレスを脱がされながら、衝立の向こうから聞こえてきた言葉にユニカは青褪めた。
 夫人はエルツェ公爵より常識的な人だ、とエリーアスが言っていた気がする。けれどこの強引さは彼女の夫に通じるものがある。いや、言葉で迫ってくるだけではなく、実際に行動を起こす彼女の方が躱しにくい。
 結局、宴用のドレスに着替えさせられたユニカは、とぼとぼと夫人の前に戻った。夫人はユニカの姿を上から下まで確認し、エリュゼが持っていた白薔薇を受け取って、ユニカの髪に挿す。
「無理に微笑んでいろとは申しません。式典のときのように情けない顔をなさるくらいなら、隠していらっしゃれば良いのです。挨拶を受けなくともよい相手もおります。好奇心で近づいてくるだけの輩はわたくしが追い払いましょう。さ、参りますよ」
 そう言って、先ほどユニカが大事に握っていたのとは違う、ドレスに合わせた色の扇を手渡してきた。
 有無を言わさぬ淡々とした口調ではあるが、言葉は頼もしい。気のせいだろうか。
 まだ尻込みしていたものの、ユニカは夫人に追い立てられて控え室を出た。大広間からだいぶ離れているはずなのに、会場で流れる音楽が聞こえてくる。
 薄暗い廊下を歩く間、ユニカの一歩後ろをついてくるヘルミーネは延々と貴族の話をしていた。
 どこそこの夫人は施療院に資金提供している貴族なのできちんと挨拶した方が良い。誰それの夫人は資金提供だけでなく、王妃さまとともに運営の仕組み作りにも関わった頭の良い女性なので、いずれゆっくり話す機会を設けるべき。なんとか夫人は家柄こそ良いものの施療院には関心が無い。寄りついてきたとき鬱陶しいようならわたくしが適当にあしらっておく。
 そんな風に、彼女の口から語られるのは施療院にとって重要かそうでないかという情報ばかりだった。
 クレスツェンツが死んだ後、施療院運営の指揮を執っているのはヘルミーネだと聞いたが、彼女が胸に秘める情熱も相当のものだ。
「……と言うところですが、徐々に覚えて頂ければ結構」
 自分の夢や思いについて、一息に語り尽くそうとしてしまうところはクレスツェンツと同じだ、とユニカは感じた。だから彼女たちは、同じ夢を共有したとき義理の姉妹であり友人にもなれたのだろう。
 そう思って微笑ましくなる反面、彼女に寄せられる期待の大きさも悟ってユニカの脚は重くなる。
 シャンデリアの眩い光が溢れ出す大広間の入り口が近づいてくる。
(私は魔女じゃない……でも、王家にとっては厄介者以外の何でもないわ)
 それなのに、用意された衣装で着飾り、王族として振る舞ってもよいのだろうか。
 せめて本当にクレスツェンツの後を継ぐつもりでいるならまだしも、ユニカは、復讐者以外の何者かになる勇気が無いというのに。
「あら!」
 明るく弾んだ声が廊下にこだまし、うつむいていたユニカは弾かれたように顔を上げた。
 前方にある大広間の入り口が陰っている。逆光で顔がよく見えないが、そこに人が立っていた。
「夜会にはお見えにならないのかと思いましたわ。つまらないから、もうおいとましようと思っていたところでしたの」
 その良く通る声が、シルエットの主が誰であるかを物語っている。ユニカは思わず後退った。
 侍女を引き連れた彼女は、つかつかと早足で歩いてくる。あまり姫君らしくない、大股な足音だ。
 あっという間に彼女はユニカの許へたどり着き、その大きな目を細めて嬉しそうに笑った。
「お話ししたいと思っていましたのよ、ユニカ様」
 ユニカの進路をふさぐように立ちはだかったレオノーレは、腰に両手を当て挑戦的な笑みを浮かべた。






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