天槍のユニカ



ゆきどけの音(4)

「ならばお分かりかと存じますが、ユニカ様がこのお部屋に住まわれることはとても重要なのです。このお部屋に住まわれた姫君方は、他家へ、或いは他国へ、どなたもシヴィロ王家の名と威信を背負って出て行かれました。王家と他家を、王国と他国を繋ぐために、です」
「……そんな資格も責任も、私に求めたって無駄よ、エリュゼ。あなたは私のことを『ユニカ様』なんて呼んでいるけれど、それだって本当は間違いよ。私は王の直臣に仕えられるような人間じゃないわ。どんな事情があってもなくても、私は正真正銘平民の娘だもの。その記録は教会に残っているの。誰の養子になったって、私の生まれが貴族たちの間で認められると思う?」
 ディルクもそう言っていた――彼を思い出す度にぎゅっと心臓が縮こまるのは何故だろう。多分さっきの“あれ”のせいだが――貴族たちは遠からず王室典範の記述をもとに、ユニカを王家から追い出そうとする。そうなる前に、より穏やかな形でユニカが王家を去れるよう、協力するのがエルツェ公爵だった。
 ユニカの意思など微塵も考慮されないところで、次から次へと事態が変わった。面白くはないが、それももう終わりだ。今後ユニカは、不本意ながらエルツェ公爵を後見人として、王との約束の時を待つのみなのだから。
 貴族に認められようと認められまいと、今度こそ沈黙を貫いてやる。チーゼル外務卿の審問会襲撃がどのように噂されようと、ユニカが耳をふさげば無いも同然。耐えられる、今度こそは。
 そう思っていたのに、エリュゼはついと顔を背けたユニカの前にひざまずき、諭すように語り始めた。
「血筋に拘ることも、決して間違いではありません。それは一種の秩序です。誰もが王になれないように、王家や大公家という『血統』が作られました。それはシヴィロ王国とウゼロ公国を支える太い幹であり、変えることは出来ません。けれど王妃さまは、その王家の中から新しい枝を伸ばす試みをなさったのです。まだようやく芯が固まり始めたか弱い枝だけが遺ってしまいましたが、たくさんの人々がその枝を守りたいと思っています。そのためには、どうしても王城の中に根を張る必要があるのです。王位とは関わりのないこと故、これに『血統』は必要ありません。ただ、この枝に王家が寄り添っていることさえ証明できればよいのです」
「それは、王妃さまの施療院のことを言っているの?」
 熱を帯びた視線のエリュゼを、ユニカは冷たく見つめ返した。
「曲がりなりにも『王家出身』なんて肩書きを得た私なら、王妃さまの後を継げると、本当にそう思う? 誰も認めてくれないわ、そんなこと。その前に、誰も私なんて必要としないわ。エリーが言っていたけど、王妃さまが亡くなられてからはエルツェ公爵の夫人が施療院を牽引しているのでしょう。それでいいじゃない」
「確かに公爵夫人は、王妃さまの事業をごく初期から支え続けて下さった王妃さまの盟友であり、今も積極的に事業の協力者を集めて下さっております。しかし夫人は公の身分をお持ちではありませんし、王妃さまの友人ではあっても後継者ではありません」

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