天槍のユニカ | ナノ



小鳥の羽ばたき(10)

「あれは亡くなられた王妃さまのドレスよ。襟の裏に王家のご紋が縫い付けてあったし、古いものだったから、陛下とのご婚礼のすぐあとに着ていらしたというドレスでしょう。あの真珠を散りばめたデザイン、当時とても人気が出て、みんなあのドレスに似せたのを一着は持っていたほどなのよ。わたしの母も着ていたし、そういうエピソードを聞いていたからよく覚えているの」
「ふーん。でも、どうしてユニカ様が王妃さまのドレスを持っているの?」
 ドレスについて語る間は得意げだった割に、フラレイがそう問い返すとクリスタは首を傾げた。結局、侍女というのは職務に関わりの無いことをいちいち知らされたりしないのだ。そういう情報は、直接その出来事に関わった人間から少しずつ聞き出し、あとは想像を働かせて全容を把握するしかない。
「殿下のご様子を見てくるわ」
 部屋の中にいたもう一人の侍女エミは、黙ってユニカが飲まなかったお茶を下げていた。それを終えると、彼女は抑揚の無い声でそう言った。
 黒髪で表情の乏しい彼女の印象は、フラレイの中でユニカとよく似ている。つまりちょっと怖くて苦手だ。
「そうね、詳しいご様子が分かるとわたしたちも安心だわ。ねぇ、ついでにティアナに何があったのか聞いてきてきて頂戴よ。彼女ならもっと知っていることがあるはずよ」
「教えてくれるとは思えないけれど」
「フラレイに教えてくれたんだもの。ティアナだってつい口が弛むこともあるのだわ」
 クリスタは、きっと貴族の娘らしい天真爛漫な見た目とは相反して、物怖じしない性格なのだろう。冷たい印象と反応の同僚にも笑ってそう言うし、ユニカに対してだってさほど怯えていないのだから。そして侍官になって間もないというのに、宛がわれた仕事はきちんと出来る。何より優しくて、フラレイやリータがもたもたしていても怒らない。
 仕事が出来てもすぐに叱ってくるエリュゼより、ずっと目指したい女官像である。エリュゼにも仕事を習えと言われたところなので、クリスタに色々教わろう。
 ユニカの機嫌を損ねたことなどすっかり忘れて立ち直ったフラレイは、そんなことを考えてほくそ笑んだ。
 エミがエプロンを外してクリスタに渡していると、フラレイの背後で、ゆっくりと寝室のドアが開く。微かに蝶番が軋む音に気づきフラレイは振り返った。そして薄暗い室内に渋面で立っているユニカを見て悲鳴をあげる。
 クリスタにしがみつくフラレイをちらりと睨みながら、ノートを抱えたままのユニカは唸るように言った。
「ティアナに言伝があるのだけど」





- 421 -


[しおりをはさむ]




×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -