天槍のユニカ



小鳥の羽ばたき(5)

「まあ公爵はあんなんだけど、夫人はもっと良識ある人だぞ。と、王妃さまが仰ってた。施療院への援助も相当な額を出してくれてるしな。王妃さまが亡くなられた後の寄付集めは、夫人がやってくれてるんじゃないか? 公爵家の屋敷に行ったら会うことにもなるだろ。挨拶しておけよ」
「エリーも、私に施療院を継げって言うの?」
「それもいいと思う。王妃さまを手伝えなかったアヒムの代わりに、やり遂げられなかった王妃さまの代わりに、ユニカならなれるだろう? お前は二人の間で育った娘なんだから。ただ王妃さまの後を継ぐにはそれなりの身分が必要だっていうのが難しいんだよな」
 目を瞠るユニカの頭を撫で、エリーアスも腰を上げた。
「さて、俺もいい加減に出て行かないとな……」
 そして、溜息とともにそう言った。そうね、と何でもないように返すが、ユニカは少なからず寂しさを覚える。特に、昔の思い出話をした後というのは、エリーアスと別れるのも、クレスツェンツと別れるのも寂しかった。自分の周りに誰もいないのを思い知らされるからだ。
「ノート、よかったな、見せて貰えて」
「ええ……導師さまはとても友達の多い方だったから、導師さまが都にいるうちに築いた人との関わりって、今もたくさん残っているんでしょうね……」
「ユニカがそれを頼ったって、何も悪いことはないと思うけどな?」
「……」
 ユニカはノートを抱きしめ、黙って首を横に振った。エリーアスは苦笑し、少し考え込んでから彼女の顔を覗き込む。
「近い内に、パウル様に会ってくれないか」
「え?」
「覚えてるだろ? アヒムとキルルと、四人でペシラに行った時、俺とアヒムの“先生”だって紹介した白髭の爺さん」
「覚えているけど……何故?」
 現在、エリーアスが仕えている導主パウルは、もともとビーレ領邦の都ペシラの教会堂にいた導主だ。一度だけ会いに行ったことがある。当時の記憶は非常に鮮やかだった。その時エリーアスがユニカに吐いた嘘のせいだ。
 導主は美しい白髪の人で、立派な顎髭もまた白くてもこもこしていた。エリーアスが、その顎髭は実はバターで作ったクリームだとユニカに耳打ちしたのだ。導主は甘いものが大好きなので、髭に見せかけクリームを持ち歩いているのだと。しかも頼めば舐めさせてくれる。小さかったユニカは思いっきり信じた。そしてクリーム下さいと言おうかどうしようか迷いながら導主をじっと見つめている内に、異変に気づいた養父が止めてくれたわけだが。
「ユニカの話をしたら、会いたいと仰ってる。年寄りの願いだろ、聞いてやってくれよ」
「で、でも」
 導主と会うには、恐らくユニカから教会堂へ出向かなくてはならない。教会の幹部が王城を訪ねる理由などないからだ。クヴェン王子の葬儀、王太子が主催した昼食会で毒を飲んだ公子のためなど、仕方なしに外へ出た以外、ユニカはずっと王城に閉じこもったきりで、外郭より外へ出ることを考えると思わず身構えてしまう。

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