天槍のユニカ



いてはならぬ者(16)

 王妃は亡くなる二年ほど前から体調を崩していたそうだが、『天槍の娘』の血を求めることなく、むしろ国王に勧められながらもそれを拒み続けて亡くなった。彼女は、娘の存在を疎んじていたからそうしたのだとディルクは考えていた。
「それは本当のことです。ティアナの父上がそう言っていました」
「なぜ王妃は娘の血に頼らなかったんだ? 癒しの力を持った血を得るために娘を城へあげたのなら分からなくもない。彼女が行っていた事業のこともある。素晴らしい万能薬は王妃の求めるところだったんじゃないのか? どうして自分の病のときに娘の血を使わないんだ」
「伯爵の話では、ただ養育するために娘を引き取ったんだとか……どうしてかその辺はちょっと言葉を濁した説明の仕方でしたね。気にしてなかったけど、一度訊いてみようかな」
 イシュテン伯爵は王家に関わる医師という肩書きゆえに、城の内側や水面下での貴族の動向にめっぽう詳しい。娘のティアナも王子の傍につけているため、彼のもとに集まる表立たない情報の量は多かった。もちろん王家の中、王妃の身の回りのことについてもよく知っていたはずだ。
「ただの村娘を、それも七百人の民を焼き殺した娘を養育するために、か。いくら慈悲深い人だったとはいえ、哀れみの心から出来る勝手じゃないだろうに」
「うーん、そう言われると気になってきます。仮に娘を引き取るのがクレスツェンツ様のわがままだったとして、陛下がそれを止めなかった理由は想像出来ますけどね。娘の血か、村を一つ焼き滅ぼすような力を利用したくて手許に置くことにした。利用できるものであると説明すれば、娘の存在を隠蔽して城に置くくらいなら、貴族の反対意見も弱まったでしょう。ただ、」
「クレスツェンツ様は、陛下の隣にある歴とした政治家の一人だった。不条理なわがままをいう女性ではなかっただろう」
 建国戦争の折、のちに初代国王となった男が戦いに出ている裏で、その妻であり今はシヴィロの王城に名を残すエルメンヒルデは、兵站と軍営を管理し夫の戦いを佐けたという。戦の後は国内の安定に向けて王が政治体制を整え、彼女は街の再建を指揮した。
 クレスツェンツ王妃は今上の二人目の正妃として位に就いてから積極的に衛生行政を担当し、国庫からその予算を獲得して、王都近郊の施療院を自ら運営する能力のあった王妃である。
 伝説的な賢婦・エルメンヒルデ王妃の再来ともてはやされた彼女が、数多の臣民を焼き殺したといわれる娘をなんの裁きにもかけずに引き取った。それも、ただ養育するために。彼女はそんな不合理を許す人物だったろうか。

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