天槍のユニカ



公国騎士の参上(2)

 怪訝さから、ユニカの声はつい低くなった。するとエリュゼは気まずそうに刺繍から視線を逸らし、引き攣れた笑みを浮かべた。
「いつもながら、お見事だと思いまして……」
「いつもって、あなたは去年の刺繍を見ていないでしょう」
 ユニカが刺繍をするのは新年に奉納する布を作る時だけ。エリュゼは昨年の秋に西の宮へ配属されてきた侍女だが、今年の年明けに教会堂へ奉納した刺繍をエリュゼに見せた覚えはなかった。
「あ……いえ、普段よくお作りになっているレースのことも含めて申しました」
「……」
 だったらそんなに狼狽えることはないのにと思いながら、まだ何か言われるかと緊張するエリュゼを追い払い、ついでにお茶の用意を頼む。
 ユニカは刺繍布を畳むと、届いた箱を持って立ち上がった。お気に入りの寝椅子(カウチ)に座り、箱を膝の上に置いて転がしながら眺めてみる。
 何だろう。結構重い。大きさは両の掌に余るくらいで、傾ける度に中身がずりずりと動いているのが分かる。それに、王の贈りものは日常の一つなので、こういう仰々しい入れものは使わないはずだ。
 不審に思いながら箱を開けると、中に入っていたのは箱より一回り小さい紙の束……いや、作りは粗末だがこれは本だ。
 一番上にはスミレの花が描かれた二つ折りのカードが置いてあった。
『あなたにくつろぎと楽しみの時間を――ディルク』
 スミレの花の下に書かれた言葉と差出人と思しき人物の名前を読んで、ユニカは首を傾げる。
 ディルク、ディルク。はて、覚えのない名である。
 ユニカが警戒して本を取り出さずに睨んでいると、それぞれにお茶とお菓子、そして舞踊用の扇と靴を持ったテリエナとリータがやって来た。テーブルにそれらを並べつつ、例によってユニカのもとへ届いた贈りものに興味津々といった様子だ。
 いつもなら盗み見るだけの彼女らだったが、今日はテリエナがあっと声を上げた。
「……どうかしたの?」
「今日の贈りものは、王太子殿下からでございますか?」
 ユニカと目が合っただけで縮こまるテリエナだが、今日は好奇心の方が勝るらしい。お茶を注ぐ手を止めてまでそう尋ねてきた。リータも、もの言いたげにユニカを横目で見ている。

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