天槍のユニカ



砂の城(2)

 ユニカのそんな不安も知らず、現在の養父はさも自分が一番困っているという顔をしている。
「殿下と床をともにしたのなら、すぐにお妃になどというのは無理にしても殿下のおそばに行ってお仕えするべきだというのに。こんな時にまで世間知らずを言い訳にする気か、君は」
 ねちねち言われること以上に不愉快なのは、エルツェ公爵がところ構わず常識≠ニやらと今までのいきさつをユニカに聞かせるからだ。そんなこと、何度も人前で話されたくはないのだが。
 まだ席にいたカイはもはや聞いていないふりをしてくれている。アルフレートはレオノーレとともに一足早く食事を終えていてすでに食堂にいなかった。だとしても、だ。食器を片付ける女中、食後のお茶を運んでくる女中と、何人もの使用人達が忙しなく行き来している中、ユニカは肩をすぼめてうつむいた。
「お世継ぎの寵を賜ったというのに何が不満なんだ。喜んで飛んで行けばいいものを――あいたっ」
 その時、勢いのまま口を動かしていた公爵が何者かの攻撃を受けた。左耳を押さえて悶える彼の後ろをヘルミーネが悠然と歩いてきたので、彼女の犯行と思われた。
 しばし席を外していた公爵夫人は、テーブルへ戻ると夫の耳を激しくつねった繊手でポットを持ち、家族に対する女主人の仕事としてカイとユニカのカップに最初のお茶を注いでくれた。それから自分のカップも満たす。当主たるエルツェ公爵にはなし。
「朝早くからなんと品のないお話をなさっているのです。ご自分が何を言っているかも聞こえないくらい、お耳の調子が悪いのですか?」
「私は常識と王家の掟の話をしているんだっ」
「王太子殿下のお妃を当家から出したいだけでしょう」
「む……」
 そのあたりをごまかすつもりはないようで、公爵は夫人の言葉を否定しなかった。代わりに、その通りですごめんなさいとでも言うように自分の前に置かれた空のカップをヘルミーネの方へ押し出した。彼女は冷ややかに夫を睥睨し、そばに控えていた女中にお茶を注ぐよう指示しただけである。
「旦那様の目論見にも王太子殿下のご意向にも逆らうつもりはありませんが、此度のことは順序を無視した実にはしたないこと。わたくしとしてはこれ以上勝手にことを運ばれるのを見過ごせません。仮にも公爵家の姫に、それもわたくしどもの目の届かない場所で、」

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