雲の向こう(20)
もしも王が、少しの間だけ、ディルクの傍にいることを赦してくれたら。
代償として何を手放せと言われても、従える。
そのためには、ユニカ自身も王に赦しを請わねばならなかった。
静かにカップを置いたユニカをカイの視線が心許なげに探る。彼の言葉には頷かない代わりに、ユニカは初夏の朝の中できらめく美しい庭園に目を向けた。
そして、エリーアスの言葉を思い出した。
* * *
教会堂を発つ間際、複雑そうな顔をして見送るエリーアスを振り返り、ユニカは苦笑した。
「導師様も王妃様も、きっとこんなことになるなんて思ってもいなかったでしょうね」
ユニカが王城で暮らすきっかけをつくった二人の親のことを考えると、なんて奇妙なことになってしまったのだろうと思った。二人とも、ユニカと公国からやって来た世継ぎとの間に縁が出来るとは想像もしていなかっただろう。
そして、ユニカの幸せを願ってくれていた彼らの望みも、こういうものではなかったと思う。
再び小さくはない波を王城の中にもたらそうとしている自覚があるから、ユニカは視線を下げないでいられなかった。
「俺だってそうだけど。でも、こういう言い方は冷たいのかも知れないが、死んだ人間がどう思うかなんて考える必要はないぜ」
エリーアスは組んでいた腕を解いて、いつものように頭をぽんぽんと撫でてくれた。動揺したと言いつつ、彼はこれまでと同じ距離からユニカを見守ってくれるのがその手つきから分かる。
「確かにアヒムも王妃様もお前の幸せを願ってるだろう。だけどそれがどういうものかを決めるのは、お前でいいんだから」
その言葉に頷き返してから、ユニカは教会堂の真北にある王城を見遣った。
何かを選び取るための痛みに少しだけ怯えながら、それでも自分は、もう一度あそこへ、
ディルクの傍へ戻りたいと思った。
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