天槍のユニカ



レセプション(7)

 本来兵士がいるはずの物見台の窓から、黒髪の若い女が手を伸ばしていた。
 ディルクと目が合うや否や女はさっと窓の奥へ消え、彼女の掴み損ねた水色のストールだけがひらりひらりと風に煽られて使節団の頭上に落ちてきた。
 それはエイルリヒの輿の天蓋に引っかかった。女に気がつかなかった彼は突然現れたストールを見て目を大きく瞬かせ、眼前に垂れている布の端を引っ張って手許に引き寄せる。
「なぜストールが空から?」
「門の上に誰かいたな」
「兵士がストールを持っていたんですか?」
「いや。女性でしたね、チーゼル卿」
 呆然と門を見上げていた外務卿は、ディルクに問いかけられてびくりと肩を跳ね上げた。
「申し訳ございません! 女官がご使者の方々見たさに忍び込んでいたのでしょう。すぐにお調べして処罰を……」
「女官? これが女官の持ち物ですか?」
 青ざめる外務卿を睥睨しながらエイルリヒはストールを広げてみせた。
 上質な絹に、地と同じ色の糸で細かな蔓薔薇の紋様がびっしりと刺繍されている。たとえ上級の女官でも労働中に使うような代物ではない。
「これほど上等な絹、王家の女性がお召しのもののように見えます」
「ご冗談を。昨年王妃さまがご逝去遊ばしてから、残念ながら王家に女性はおりません」
「それは不思議なことです。ねえ兄上?」
 エイルリヒは侍従にストールを預けた。てっきり引き渡して貰えると思った外務卿はほっと息をつきかけるが、すぐにまた青くなる。侍従がストールを届けた相手はディルクだったからだ。
 ストールを受け取ったディルクはそれに鼻先をすり寄せて口許を隠し、にやりと笑った。
 上品な香水の匂いが染みついている。この香りもよく覚えておこうと思いながら、彼は外務卿を見下ろした。
「これほどの品、名のある家の子女がお持ちに違いない。陛下にこれの持ち主にお心当たりがないかお尋ねしてみましょう。それまでは私がお借りしています。ちょうどよかった、寒かったので」
「そ、それは困ります。誰か、公子さまに膝掛けをご用意せよ」

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