天槍のユニカ



春を知る君(1)

第7話 春を知る君


 ユニカは慣れない衣装に身を包み、アンネをはじめとする村の女達に手を引かれて宴の会場となる庭園へ向かっていた。
 ユニカの着替えも髪を結うのも、世話をしてくれたのは彼女達だった。これも村人達のもてなしのうちだそうで、侍女のディディエンも介添えのエリュゼも手出し無用とのことだった。
 着せられたのは村の晴れ着をアレンジしたというドレスである。コルセットで身体を締め付けないので大変着心地がよい。背中で編み上げたリボンが胴回りをきゅっと絞っているので見た目にも野暮ったさはなく、袖やスカートには都の貴婦人が着ているドレスにも負けないほどたっぷりとひだがあって華やかだった。
 布の色は涙の湖(ゼー・トレーネ)≠フ水の色。晩春の夜にはまぶしいほどの明るい青緑色だ。髪を編み込んだところには白い小さな造花の飾りを、さながら星のようにいくつもつけられた。
 ユニカを案内する女達の様子は恭しいながらも浮ついていて、彼女らにつられてユニカの胸もふわふわしている。
 宴に呼ばれて楽しいなどと思うのは――それこそ、ブレイ村で皆と一緒に大霊祭を祝った時以来ではないか。
 庭園を出るための扉の前ではディルクとエリュゼが待っていた。ユニカの姿を認めた途端、二人はそれぞれ嬉しそうに笑う。エリュゼはユニカの装いに満足したという顔で。ディルクもそうなのだが、
「きれいだよ。これじゃあ夏の女神(エスタニア)も恥じ入って出てこられない。夏が来るのはまだ先になりそうだ」
 大げさなお世辞を言って手を差し出してくる。
 王太子殿下のご要望となればさすがに村の女達も遠慮せざるを得ないようで、ユニカはディルクに引き渡された。
 ドレスの色が彼の瞳の色とよく似ていることについては何か思っただろうか。儀礼的な口づけを手の甲に落としてくるディルクの反応を窺うが、表情の変化は見つけられなかった。しかし、唇の感触とともにくすりと笑う気配が肌を撫でたので、お気に召していただけたのだろう。
「みんな待ちかねている。早く姿を見せてあげよう」
 ディルクがそう言うや、エリュゼとアンネが扉を開ける。分厚い硝子の向こうで揺れていた炎の影が目の前を覆い、まぶしさに目がくらむ。それが収まる前にわっと湧き上がった歓声と拍手がユニカを包んだ。

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